「速く走れるようになってほしい。でも、広い場所も時間もない」。走る姿を見て腕が横に流れているのが気になったけれど、直し方が分からない。運動会が近づく時期に出てくる悩みです。
先に答えを置きます。渡す言葉は「前後にまっすぐ」の一つだけです。そして腕振りは座ったままでも練習できます。足音が出ないので、集合住宅でも夜でも取り組めます。1回は10秒、2〜3回で終わります。
見分けるところも1つで足ります。正面から見て、腕が体の前で交差しているかどうか。
表:正面から見て、どちらの振り方か(指導上の目安)
| 気になる振り方 | 目安にしたい振り方 | |
|---|---|---|
| 手の通り道 | 体の前で左右に交差する | 体の横を、前後にまっすぐ |
| 前に出たとき | 手が反対側の胸まで来る | 手はおおむね胸の高さ |
| 後ろに引いたとき | ほとんど引けていない | ポケットのあたりまで |
| 渡す言葉 | 3つ同時に言う(肩に力が入りやすい) | 「前後にまっすぐ」の一言だけ |
※ 手の位置が数センチずれているかを細かく直すより、前後にリズムよく振れているかを大まかに見るほうをお勧めしています。スマートフォンで正面から10秒だけ撮って一緒に見ると、本人のほうが先に気づくこともあります。
なお、練習中に痛みを訴えたときは、その日は練習を中止し、痛みが続く場合は医療機関にご相談ください。
家の中で、音を立てずにできる
腕振りの利点は、走らなくても練習できることです。集合住宅で階下への足音が気になるご家庭でも取り組めます。
腕振りドリルのバリエーションにある座って行う腕振りなら、脚を使わないぶん腕の動きだけに集中できます。
- 背すじを伸ばして座る(背もたれに寄りかからない)
- 「前は胸、後ろはポケット」を目安に、前後にまっすぐ振る
- 10秒×2〜3回。慣れてきたら少しずつ速くしてみる
寝る前のテレビの前でも、1回は10秒で終わります。長くやるより、短く回数を分けるほうを勧めます。親子で向かい合って「どっちが前後にまっすぐか」を見せ合うと、遊びの延長で続けやすくなります。
座って振れるようになったら、もも上げと組み合わせて腕と脚を一緒に動かす段階へ。ひざを腰の高さを目安に引き上げながら、同じリズムで腕を振ります。もも上げは上体が後ろに反りやすいので、そこはまっすぐのまま。跳ねずに静かに足を置けば、階下への音も抑えられます。どちらの種目もいつから始めるかを逆算するカレンダーの「仕上げ期」に組み込んであり、残りの週数から練習の順番を確認できます。
「横に振る」の直し方は、渡す言葉を一つだけ
かけっこの動きづくりで定番の腕振りドリルで目安にしているのは、次の3点です。
- ひじを軽く曲げ、手は軽く握る(ぎゅっと握りしめない)
- 「前は胸の高さ、後ろはポケットの位置」を目安に、前後にまっすぐ振る
- 腕が体の前で左右に交差しないようにする
腕が体の前で横向きに交差してしまうことがあります。横に振れていると前に進む力に結びつきにくい、というのが指導上の見立てです。直し方は、伝える点を増やさず「前後にまっすぐ」の一言だけを渡すこと。3つ同時に言うと、たいてい肩に力が入って動きが硬くなります。
腕振りは「速くするための技術」というより、「崩れを防ぐための土台」として扱います。走る姿勢そのものの見方(立ち姿・目線・一歩目)はかけっこの姿勢にまとめました。
くわしい数字:腕を振らずに走ると、何が変わるか
ここから先は研究の話です。大人を対象にした研究では、腕振りは脚を速く動かすための動作というより、走る姿勢が崩れるのを抑える働きが報告されています。
ヒトの歩行・走行における腕振りを調べた研究では、腕の振りは脚の動きが生み出す体のねじれ(角運動量)を打ち消し、体幹を安定させる働きがあると報告されています(Pontzer et al., 2009)。腕と脚は別々に動いているのではなく、互いにバランスを取り合う一つのつながりとして働いていると考えられています。
腕を組んだまま走らせた実験もあります(Arellano & Kram, 2011)。腕を振らない条件では、同じ速さで走るのに使うエネルギーが増え、左右のふらつきも大きくなる傾向が示されました。この差をジョグに置き換えると、10分走るのに10分48秒ぶんに近いエネルギーを使う計算。大人を対象にした値です。
ただし、これらの研究の対象は大人です。子どもは体の使い方を学んでいる途中で、腕と脚の連動も発達によって変わっていきます。大人と同じ形を求めるより、腕と脚が自然につながる感覚を遊びの中で育てるほうを勧めます。
よくある質問
Q. 何回言っても横に振ってしまいます。
3つ同時に伝えていないか、まず確かめてみてください。渡す言葉は「前後にまっすぐ」の一つだけで足ります。走っている最中に言うより、座って振るところに戻して、そこで形を確かめるほうが早いことが多いです。座った状態なら本人も自分の腕が見えます。
Q. ひじの角度は何度がいいですか。
角度を数字で決めなくて大丈夫です。「軽く曲げる」で足ります。角度を意識させると肩に力が入り、かえって動きが硬くなることがあります。
Q. 腕振りを練習すれば、タイムは縮みますか。
腕振りやもも上げを練習すれば足が速くなる、と言い切れるものではありません。いまのタイムが同じ学年のどのあたりかは50m走の平均タイムで確かめられます。走り出しの一歩目が気になるなら「よーい」の構えが近い内容です。
まとめと、次の一歩
- 腕振りやもも上げを練習すれば足が速くなる、と言い切れるものではありません。走りは姿勢・スタート・脚の動きの積み重ねで、伸び方には発達や経験による個人差が大きくあります。
- 渡す言葉は「前後にまっすぐ」の一つだけ。3つ同時に言うと、たいてい肩に力が入ります。
- 座って行う腕振りなら、足音を気にせず家の中でも取り組めます。10秒×2〜3回。短く、回数を分けるのが一つの目安です。
- 見る目安は「前は胸の高さ、後ろはポケットの位置」。体の前で交差していないかを、大まかに確認します。
- 研究では、腕の振りは脚が生む体のねじれを打ち消し、走る姿勢を崩れにくくする働きが報告されています。対象はいずれも大人です。
- 練習中に痛みが出たときは中止し、続くようなら医療機関にご相談ください。
今晩10秒だけ、座って腕を振る様子を正面から撮ってみてください。横に流れているのか、前後にまっすぐなのか。そこが見えると、次に何を伝えるかが決まります。
関連リンク
- 関連ドリル:腕振りドリル / もも上げ
- 関連ツール:運動会のかけっこ練習、いつから? 逆算カレンダー / 50m走 どのあたり?
- 関連記事:かけっこの姿勢 / スタートダッシュを速くする「よーい」の構え / 50m走の平均タイム
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参考文献
- Pontzer, H., Holloway, J. H., Raichlen, D. A., & Lieberman, D. E. (2009). “Control and function of arm swing in human walking and running.” Journal of Experimental Biology, 212(4), 523–534. https://doi.org/10.1242/jeb.024927
- Arellano, C. J., & Kram, R. (2011). “The effects of step width and arm swing on energetic cost and lateral balance during running.” Journal of Biomechanics, 44(7), 1291–1295. https://doi.org/10.1016/j.jbiomech.2011.01.002
