7月の後半に入ると、同じコースを同じ感覚で走っているのに、ペースだけが落ちていくことがあります。春に5分30秒で走れていたキロが、夏は6分を切れない。心拍だけが上がって脚は動かない。そこで「体力が落ちた」と受け取って練習量を増やそうとすると、いちばん危ない夏になりやすくなります。
夏に遅くなるのは、暑さの中で走れば起きることとして、大会の記録からも確認されています。ここでは、暑さで何を変えるか、どこで走るのをやめるか、そして夏という季節を何に使うかを、研究と公的な指針から整理します。判断の軸は気温ではなく暑さ指数(WBGT)です。
夏は遅くなる——見る数字を気温からWBGTへ
暑いほどタイムはコース記録から離れる
まず、暑さとタイムの関係です。ボストン、ニューヨークなど北米7大会の計140レース年分の公式記録と気象データを突き合わせた研究があります。WBGTの区分が上がるほど、上位入賞者のタイムはその大会のコース記録から離れていくと報告されています(Ely et al., 2007)。
欧米6大会の完走者179万人を対象にした別の解析では、最も速く走れる気温はレベルによって3.8〜9.9℃の範囲にあり、そこから離れるほど速度が落ちる関係が示されました(El Helou et al., 2012)。同じ研究では、気温25℃だった2007年シカゴマラソンの棄権率が30.7%に達したことも報告されています。暑さは「少し遅くなる」だけでなく、「完走できるかどうか」にも効く条件だということです。
ただし、これらの数字から「気温が5℃高いから自分は何分遅くなる」という計算はできません。上の図はトップ選手とコース記録の比較であり、個人の持ちタイムに当てはめる式ではないためです。ここでは、もっと単純な言い方をします。夏は同じペースが同じ強度ではない。だからペースを目標にせず、感覚と心拍で走る。
判断は気温ではなくWBGTで
夏の練習で最初に変えてほしいのは、見る数字です。気温だけを見ていると、湿度の高い日を安全だと誤解します。WBGT(暑さ指数)は、湿球温度(湿度の影響を強く受ける)を7、日射や照り返しを2、気温を1の重みで合成した指標で、環境省が全国の観測値と予測値を公開しています。
日本スポーツ協会の熱中症予防運動指針は、このWBGTで運動の可否を示しています。WBGT31℃以上は運動を原則中止、28〜31℃は激しい運動や持久走を避ける、とされています。
| WBGT | 気温の目安 | 区分 | 指針が示す対応 |
|---|---|---|---|
| 31℃以上 | 35℃以上 | 運動は原則中止 | 特別の場合以外は運動を中止。特に子どもは中止 |
| 28〜31℃ | 31〜35℃ | 厳重警戒 | 激しい運動や持久走は避ける。10〜20分おきに休憩と水分・塩分補給。暑さに弱い人・暑さに慣れていない人は運動を軽減または中止 |
| 25〜28℃ | 28〜31℃ | 警戒 | 積極的に休息をとる。激しい運動では30分おきくらいに休息 |
| 21〜25℃ | 24〜28℃ | 注意 | 熱中症の兆候に注意し、運動の合間に積極的に水分・塩分補給 |
| 21℃未満 | 24℃未満 | ほぼ安全 | 適宜水分補給。市民マラソンではこの条件でも発生する |
日本スポーツ協会 熱中症予防運動指針。気温の目安は参考値で、湿度が高い日は同じ気温でもWBGTは高くなる。出典: 日本スポーツ協会/環境省 熱中症予防情報サイト
環境省は、日最高WBGTが28℃を超えると熱中症の患者発生率が急増すると示しています。
指導上の目安としては、次のように扱います。WBGT28℃を超えたらポイント練習(インターバルやペース走など、強度の高い練習)の予定を消す。31℃を超えたら、走ることそのものを別の日に移す。これは研究の結論ではなく、上の公的指針を練習計画に落とすとどうなるかという指導上の判断です。屋外の観測地点と、アスファルトの照り返しがある実際のコースは条件が違うので、指針よりも早めに手を引くほうが現実的です。
夏は「記録をつくる季節」から「暑さに慣れる季節」へ
暑い中で運動を繰り返すと、体は暑さに適応していきます。211編・2,587人分の研究をまとめた解析があります。暑熱順化によって運動終了時の深部体温が平均0.43℃低下し、心拍数は17拍/分低下、発汗量は163mL/時増加、血漿量は5.6%増加したと報告されています。多くの適応は8回前後の曝露で現れ、おおむね1〜2週間で進むとされています(McDonald et al., 2025)。
| 指標 | 順化による変化(平均) | 95%信用区間 |
|---|---|---|
| 運動終了時の深部体温 | −0.43℃ | −0.48〜−0.36 |
| 運動終了時の心拍数 | −17 拍/分 | −19〜−14 |
| 全身の発汗率 | +163 mL/時 | 94〜226 |
| 血漿量 | +5.6% | 3.8〜7.0 |
211編・2,587人を対象にしたメタ回帰の平均値。参加者の91%が男性・平均25歳で、女性や中高年への当てはめには幅がある。出典: McDonald et al. 2025
同じペースで走っても心拍が下がり、汗が早く出るようになる——これは夏のあいだに体が獲得できる、目に見えにくい成果です。国際的なコンセンサスでも、暑熱下での競技に向けた最も重要な対策は暑熱順化であり、1〜2週間の反復した暑熱下運動で構成すべきだとされています(Racinais et al., 2015)。
ここから先は研究の結論ではなく、指導上の扱いです。夏の3か月は、記録をつくる時期ではなく、秋に記録をつくれる体をつくる時期として設計するほうが、秋の練習に入りやすくなります。具体的には、夏の練習の目的を「タイムを出す」から次の3つに置き換えます。
- 暑さに慣れること——涼しい時間だけに逃げ切らず、暑い時間の低強度走を週に1〜2回残す(前節のWBGTの線を超えた日は行わない。指針は28〜31℃で「暑さに弱い人は軽減または中止」としているので、慣れ始めの時期ほど低いWBGTの日から入る。単独では行わず、人通りのあるコースと連絡手段を選ぶ)
- 量を維持すること——ペースを落として距離を守る。落とす量はペースであって距離ではない
- 走らないで積み上げること——筋トレ、可動域、フォームの土台づくりに時間を回す
補強を夏に回すのは、涼しくなってから走る量を増やす局面で、故障の余地を減らすためです。走る量の増やし方については走る距離の増やし方、筋トレの組み立てについては走る人の筋トレ入門で扱っています。
なお、暑熱順化の研究の参加者は9割が男性で平均25歳です。女性、中高年、子どもにそのまま当てはまるとは言えません。特に子どもは体温調節の条件が大人と違うため、この記事では扱いません。子どもの運動についてはかけっこ・子どもの運動をご覧ください。
水分は「たくさん」ではなく「自分の量」
水分については、2つの方向のリスクがあります。
米国スポーツ医学会の立場表明では、運動中は体重の2%を超える脱水を避けることが目標とされています。発汗量と汗の電解質濃度には大きな個人差があるため、運動前後の体重を測って個別化することが推奨されています(Sawka et al., 2007)。日本スポーツ協会も、体重減少が2%を超えないようにすること、0.1〜0.2%程度の塩分を含む飲料での補給を挙げています。
一方で、飲みすぎによる運動関連低ナトリウム血症(水分をとりすぎて血液中のナトリウム濃度が下がる状態)も報告されています。国際コンセンサスでは、口渇感に従って飲むことが脱水と低ナトリウム血症の双方を防ぐ方法として推奨されています(Hew-Butler et al., 2015)。また、脱水がパフォーマンスをどれだけ下げるかは研究デザインによって幅があることも指摘されています(James et al., 2019)。
つまり「1時間に何mL飲むべきか」の一律の答えは、一次資料にはありません。現場でできるのは次の2つです。走る前と後に体重を測って、自分がどれだけ汗をかく人なのかを知る。そのうえで、のどの渇きも手がかりにする。体重が2%以上減るなら、次回は走行中の補給を増やす。ここは人によって大きく違うので、他人の量を真似する意味がありません。
やめる線引きと、救急を呼ぶ線引き
夏の記事でいちばん重要なのはここです。痛みや不調と違って、熱中症は判断を誤ると命に関わります。
| 段階 | 現場でのサイン | すること |
|---|---|---|
| 走るのをやめる | めまい、立ちくらみ、頭痛、吐き気、強い疲労感、脱力、こむら返り | 直ちに中止し涼しい場所へ。衣類をゆるめて体を冷やし、水分と塩分をとる |
| 受診する | 症状が改善しない、嘔吐して自分で水分がとれない | 医療機関を受診する。自力で水分がとれない場合は、迷わず救急要請も選ぶ |
| 救急要請と冷却を同時に | 呼びかけへの反応が鈍い、言動がおかしい、けいれん、立っていられない、体が非常に熱い | 119番と同時に全身の冷却を開始。首の両側・脇の下・脚の付け根を冷やし、移動できるなら涼しい場所へ。呼びかけへの反応が鈍い人に、水を飲ませない |
公的機関・学会の見解から整理した3段階。深部体温を正しく測れるのは直腸温のみであり、一般の体温計の数値で判断するものではない。出典: 日本救急医学会 熱中症診療ガイドライン2024/日本スポーツ協会/Casa et al. 2015
日本救急医学会は2024年に熱中症診療ガイドラインを改訂し、深部体温40.0℃以上かつ意識障害の重い状態を最重症のIV度として新設しました。全米アスレティックトレーナーズ協会の立場表明では、労作性熱射病(運動中に起こる、最も重い熱中症)に対し、現地で冷却手段が確保できる救護体制のある現場に限って、冷却を先に・搬送を後にする原則が示されています(Casa et al., 2015)。救護体制のない一般の練習中は、119番と冷却を同時に始めるのが現実的です。冷却の準備のために119番を遅らせないでください。
ここで気をつけたいのは、体温の数値で判断しようとしないことです。現場で信頼できる深部体温の測定は直腸温のみで、一般の体温計では労作性熱射病を判定できません。閾値そのものも文書間で一致していません(日本救急医学会は40.0℃、NATAは典型的に40.5℃超)。現場で使う判断軸は数値ではなく、意識と言動の異常です。ただし、この軸は周囲が見て使うものです。意識や言動の異常は本人には自覚しにくいため、暑い時間帯の練習は単独で行わない、人通りのあるコースを選ぶ、連絡手段を持つ——という前提とセットで考えてください。冷水浸漬などの具体的な手技は医療・救護体制のある現場向けの推奨であり、この記事は診断や治療の手順を示すものではありません。
よくある質問
Q. 朝と夜、どちらに走るのが良いですか。 A. 気温とWBGTが下がる時間帯という点では、日の出前後がもっとも条件が良いことが多いです。ただし涼しい時間だけに完全に移すと、暑さへの適応が進みません。秋のレースが暑い可能性を考えるなら、週に1〜2回は暑い時間の低強度走を残す設計を勧めます。ただし、前節のWBGTの線を超えた日は行いません。
Q. 夏にペースが1キロあたり30秒以上落ちます。故障でしょうか。 A. 暑い時期に同じ心拍でペースが落ちるのは、暑熱下では自然に起こることとされています。心拍を見ずにペースだけを見ていると、実質的に強度を上げてしまいます。心拍か、会話ができる程度かという感覚で強度を決め、ペースは結果として受け取ってください。痛みが続く場合や、休んでも抜けない疲労がある場合は、医療機関で確認してください。負荷の見方は練習量とケガを参照してください。
Q. 暑さに慣れたら、涼しくなったときに速く走れますか。 A. 暑熱順化で心拍や体温の応答が改善することは報告されていますが、それが涼しい環境での記録にどれだけ移るかは、研究間でばらつきがあります。「夏に慣れておけば秋の記録が上がる」と言い切れる根拠はありません。夏の意味は、暑い日の練習を安全にこなせるようになることと、走る量を落とさずに維持できることに置きます。
Q. 順化はどのくらい休むと失われますか。 A. 短期の順化の効果は1週間程度は残るものの、2週間では残らないという報告があります(Périard et al., 2015)。減衰の速さは研究間で幅があり、「何日で何%失う」という形では言えません。夏のあいだ、暑い時間の練習を間隔をあけすぎずに続けることが実務的な答えになります。
まとめ
夏について、研究と公的指針から言えることには限界があります。気温からタイムの低下を個人単位で計算することはできず、水分の一律の量も存在せず、順化の日数も指標によって違います。子どもや女性、中高年に関するデータは十分ではありません。それでも、判断に使える軸はあります。
- 見る数字を気温からWBGTに変える。31℃以上では走らず、28℃以上でポイント練習を消す
- ペースを目標から外す。落とすのはペース、守るのは距離
- 夏の目的を「記録」から「暑さへの適応と量の維持」に置き換える
- 水分は他人の量を真似しない。走る前後の体重で自分の量を知る
- 意識と言動の異常は、体温を測らずに救急要請と冷却
環境省の暑さ指数のページをスマートフォンのホーム画面に追加して、走る前に自分の地域のWBGTを見てみてください。数字を見てから走るかどうかを決める、という順番に変えるだけで、判断がぶれにくくなります。
関連リンク
- ランニングの帽子と暑さ対策グッズ——道具で何がどこまで変わるか
- 走る距離の増やし方——涼しくなってから量を戻すときの目安
- 練習量とケガ——負荷を数字で見る
- 走る人の筋トレ入門——走らない時間に積み上げる
参考文献
- Ely MR, Cheuvront SN, Roberts WO, Montain SJ. Impact of weather on marathon-running performance. Medicine & Science in Sports & Exercise. 2007;39(3):487-493. doi:10.1249/mss.0b013e31802d3aba
- El Helou N, Tafflet M, Berthelot G, et al. Impact of environmental parameters on marathon running performance. PLOS ONE. 2012;7(5):e37407. doi:10.1371/journal.pone.0037407
- McDonald P, Brown HA, Topham TH, et al. Influence of exercise heat acclimation protocol characteristics on adaptation kinetics: a quantitative review with Bayesian meta-regressions. Comprehensive Physiology. 2025;15(3):e70017. doi:10.1002/cph4.70017
- Racinais S, Alonso JM, Coutts AJ, et al. Consensus recommendations on training and competing in the heat. British Journal of Sports Medicine. 2015;49(18):1164-1173. doi:10.1136/bjsports-2015-094915
- Périard JD, Racinais S, Sawka MN. Adaptations and mechanisms of human heat acclimation: applications for competitive athletes and sports. Scandinavian Journal of Medicine & Science in Sports. 2015;25(Suppl 1):20-38. doi:10.1111/sms.12408
- Sawka MN, Burke LM, Eichner ER, Maughan RJ, Montain SJ, Stachenfeld NS. American College of Sports Medicine position stand: exercise and fluid replacement. Medicine & Science in Sports & Exercise. 2007;39(2):377-390. doi:10.1249/mss.0b013e31802ca597
- Hew-Butler T, Rosner MH, Fowkes-Godek S, et al. Statement of the Third International Exercise-Associated Hyponatremia Consensus Development Conference, Carlsbad, California, 2015. Clinical Journal of Sport Medicine. 2015;25(4):303-320. PubMed: 26102445
- James LJ, Funnell MP, James RM, Mears SA. Does hypohydration really impair endurance performance? Methodological considerations for interpreting hydration research. Sports Medicine. 2019;49(Suppl 2):103-114. doi:10.1007/s40279-019-01188-5
- Casa DJ, DeMartini JK, Bergeron MF, et al. National Athletic Trainers’ Association position statement: exertional heat illnesses. Journal of Athletic Training. 2015;50(9):986-1000. doi:10.4085/1062-6050-50.9.07
- 日本救急医学会. 熱中症診療ガイドライン2024. 2024. https://www.jaam.jp/info/2024/info-20240624.html
- 公益財団法人日本スポーツ協会. スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック(第6版)/熱中症予防運動指針. 2025年6月改訂. https://www.japan-sports.or.jp/medicine/heatstroke/tabid922.html
- 環境省. 熱中症予防情報サイト「暑さ指数(WBGT)について」. https://www.wbgt.env.go.jp/wbgt.php
