練習の​「詰め込みすぎ」を​数字で​見る​——ACWRと​いう​考え方

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立ち止まって練習ノートに書き込むランナーの線画イラスト

気持ちよく走れる週が続くと、その流れのまま距離を伸ばしたくなります。ACWR(急性:慢性負荷比)は、その増やし方が急になっていないかを、一つの数字で確かめる道具です。この記事では、ACWRの計算のやり方と、出てきた数字をどこまで信じてよいかの線引きを扱います。

先に断っておくと、これは安全か危険かを判定する装置ではありません。チームスポーツの現場では、練習負荷の急な増加とケガの関連が複数の研究で報告されてきました(Gabbett, 2016; Hulin et al., 2016)。一方で、指標そのものへの方法論的な批判も出ています。ですからこの記事は、「数字で管理する」ではなく「数字で気づく」使い方に絞って整理します。

ACWRとは、​今週を​「ここ数週間の​自分」と​比べる​比

ACWRは、直近1週間の負荷(急性負荷)を、複数週の平均負荷(慢性負荷)で割った比です。比が1.0なら、今週はいつも通り。1.0を大きく上回れば、今週だけ流れから飛び出している、という読み方になります。

ここでいう負荷は、走った距離のことではありません。練習後に感じたきつさを10段階などで評価し(主観的運動強度=RPE)、それに運動時間(分)を掛けた値を、1回分の負荷とします。セッションRPE法と呼ばれるこの方法は、心拍数を用いた客観的な指標とよく対応する妥当な方法だと報告されています(Foster et al., 2001)。距離だけでは軽く見える「短いけれど強度の高い練習」も、この掛け算なら負荷として立ち上がります。

分母が「前の週」ではなく「ここ数週間の平均」であること。ACWRの特徴はここにあります。

体調を崩して1週間ほとんど走れなかった、その翌週を思い浮かべてください。前週比で見れば、増えて当たり前の週に見えます。数週間の平均から見ると、大きな跳ね上がりです。前週だけを基準にする10%ルールでは拾いにくい「落ち込みと反動」を、波として眺められるわけです。

計算の​やり方を、​ランニングの​記録で​たどる

計算そのものは割り算がひとつだけ。以下はすべて説明のための例示データであり、特定の誰かの実データではありません。

過去4週間の週あたり負荷の平均(慢性負荷)2000に対し、直近1週間の負荷(急性負荷)が3000で、ACWRが1.5となる計算例を示した棒グラフ。数値はすべて例示。
ACWRの計算例(今週を含めない非連結型・数値はすべて例示。研究由来の目安とは計算方式が異なります)。1.5は、ふだん週30km走っている人が今週だけ45km走った場合と同じ比率にあたります。

過去4週間の週あたり負荷が、順に2000・2200・1800・2000だったとします。その平均(慢性負荷)は2000です。今週だけ練習を積んで負荷が3000になったなら、ACWRは「3000 ÷ 2000 = 1.5」。ふだん週30km走っている人が今週だけ45km走った、という感覚に置き換えると、飛び出し方の大きさがつかめると思います。

今週の負荷が2200なら「2200 ÷ 2000 = 1.1」です。直前4週間の平均より10%高い、というだけの意味しかありません。この値だけで安全か危険かを判定することはできない、という点だけ押さえておいてください。

細かいようで、あとから効いてくる注意がひとつ。慢性負荷を「今週を含む4週平均」で割る連結型と、「今週を含まない直前4週平均」で割る非連結型があり、同じ練習データでも比の値が変わります。研究で主に使われてきたのは連結型、上の例は考え方が直感的な非連結型です。方式が違えば、出てきた数値も目安も突き合わせられません。

「安全な​範囲」の​数値を​覚えなくていい​理由

連結型のACWRについては、望ましいとされる範囲の数値が紹介されてきた経緯があります(Gabbett, 2016)。ラグビーリーグやサッカーの選手で、急な跳ね上がりがケガのリスク上昇と関連したという報告に基づくものです。急性:慢性負荷比とケガの関連は、別の研究でも報告されました(Hulin et al., 2016)。負荷を数字で見ようとした試み自体を否定するつもりはありません。

そのうえで本記事は、具体的な閾値を判断基準として紹介しません。理由は2つです。第一に、それらは主に連結型の計算から導かれた値で、上の例のような非連結型の比には当てはめられないこと。第二に、指標そのものの妥当性に、統計的・方法論的な観点から強い批判が示されていること(Impellizzeri et al., 2020)。分子(急性負荷)が分母(慢性負荷)の一部を構成するため、比が数学的に歪みやすいこと。閾値の設定に恣意性があること。比較の基準となる集団によって結果が変わりうることなども指摘されています。

覚えておきたいのは、数値そのものではなく位置づけのほうです。ACWRはリスクを判定する装置ではなく、自分の負荷の増減に気づくための道具。単独の比率で安全・危険を決めず、週ごとの推移をそのまま眺める使い方を軸にしてください。

週に​一度、​跳ね​上がりに​気づく

ここからは研究の結論ではなく、指導上の目安としてお読みください。

やることは、週の負荷(セッションRPE×時間の合計)をメモして、直近1週間と過去4週間の平均をときどき見比べるだけです。日曜の夜に記録アプリを開き、週の合計を書き出して先月の平均と並べる。それで足ります。1.28か1.32かに神経質になるより、「先週まで穏やかだったのに、今週だけ跳ね上げていないか」という粗い気づきのほうが、練習設計には効きます。

比が上がりやすいタイミングは、だいたい決まっているものです。大会にエントリーして急に距離を積み始めた週。連休でまとめて走ったあと。涼しくなって一気に距離が伸びた週。そうした週の翌週に、負荷を保つか少し戻す「つなぎの週」を挟むと、体が落ち着きやすい傾向があります。

ACWRは、管理の道具ではなく、会話のきっかけとして使います。負荷のモニタリングは、選手を数字で縛るためではなく、本人とコーチが同じ景色を見て話すために使われます。一人で使う場合も同じで、話し相手が自分になるだけ。注意して見たいのは、数字が少し外れたときよりも、生活の変化に引きずられた負荷の急変のほうです。

もっとも、体が受け止められる増やし方には個人差があります。走歴の長さ、普段の練習量、過去のケガの経験。同じ比の数字でも、示す負担感はそれぞれ違ってきます。土台を筋力面から支える視点を併せると負荷への耐性を高めやすく、これはランナーに筋トレは必要かの観点と重なります。終盤の失速と負荷設計の関係はマラソン後半の失速はなぜ起こるのかで扱いました。

線引きも書いておきます。ここで扱ったのは健康な状態で練習量を調整していくときの考え方であって、ケガの診断や治療の話ではありません。痛みが続く、腫れがある、走るたびに強くなる。そうした場合は、負荷管理で工夫しようとする前に、整形外科など医療機関にご相談ください。「ACWRが範囲内だから大丈夫」という自己判断で走り続けることは避けていただきたいと思います。

まとめと、​次の​一歩

  • 指標そのものに方法論的な批判があり(Impellizzeri et al., 2020)、確立された安全域として扱えるものではありません。その前提のうえで、以下を持ち帰ってください。
  • ACWRは「直近1週間の負荷 ÷ 複数週の平均負荷」。今週がここ数週間の流れから飛び出していないかを見る比です。
  • 負荷はセッションRPE(きつさ×時間)で定量化する方法が広く使われ、妥当性が報告されています(Foster et al., 2001)。
  • 連結型と非連結型で値が変わるため、方式の違う数値や閾値を並べて比べない。単独の比率で安全・危険を判定しない。
  • 数値の厳密さより、週に一度、急な跳ね上げに気づく習慣のほうが、実務では効きます。体の反応には個人差があります。
  • 痛みがあるときは自己判断で走り続けず、医療機関にご相談ください。負荷管理はケガの対処法ではありません。

今週の練習を1回ずつ振り返り、「きつさ×時間」を足して週の合計を出してみてください。4週間分たまったところで、この比はようやく意味を持ち始めます。

関連リンク

負荷の記録を手軽に振り返れるツールでの提供も検討しています。


参考文献

  1. Gabbett, T. J. (2016). “The training-injury prevention paradox: should athletes be training smarter and harder?” British Journal of Sports Medicine, 50(5), 273–280. doi:10.1136/bjsports-2015-095788
  2. Hulin, B. T., Gabbett, T. J., Lawson, D. W., Caputi, P., & Sampson, J. A. (2016). “The acute:chronic workload ratio predicts injury: high chronic workload may decrease injury risk in elite rugby league players.” British Journal of Sports Medicine, 50(4), 231–236. doi:10.1136/bjsports-2015-094817
  3. Impellizzeri, F. M., Tenan, M. S., Kempton, T., Novak, A., & Coutts, A. J. (2020). “Acute:Chronic Workload Ratio: Conceptual Issues and Fundamental Pitfalls.” International Journal of Sports Physiology and Performance, 15(6), 907–913. doi:10.1123/ijspp.2019-0864
  4. Foster, C., Florhaug, J. A., Franklin, J., Gottschall, L., Hrovatin, L. A., Parker, S., Doleshal, P., & Dodge, C. (2001). “A New Approach to Monitoring Exercise Training.” Journal of Strength and Conditioning Research, 15(1), 109–115. PMID: 11708692
本記事の内容は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の個人に対する医学的助言・診断・治療を目的とするものではありません。体調や既往症に不安がある方は、必ず医師等の専門家にご相談ください。運動実施による結果には個人差があり、効果を保証するものではありません。

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