ランニングの​心拍数の​目安——数字を​下げに​いく​前に​確かめる​こと

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腕時計で心拍を確認するランナーの線画イラスト

同じコースを、同じペースで走ったはず。それなのに時計の心拍数だけが、いつもより高い。ランニング中に心拍数が上がりすぎる日の原因は、走力の低下ではなく、その日の条件と数字そのものの粗さにあることが多くあります。この記事では、時計に出る数字をどのくらいの精度のものとして扱えばよいかを整理します。

数字を下げようとペースを落とす前に、確かめておきたいことが2つ。心拍数が何を映している数字なのか。そして、比べている基準(最大心拍数やゾーン)がどれだけ確かなのか。

心拍数は​体調の​物差しではなく、​代理指標

心拍数は1分あたりの心臓の拍動数で、体にかかる負担の代理指標として使われます。代理指標とは、直接測りにくいものの代わりに、測りやすいものを見るという意味です。実験室でしか測れない酸素摂取量と違い、走りながら連続して追えるのが強みです。

弱みもはっきりしています。心拍数は気温・湿度・水分状態・睡眠・カフェイン・体調・緊張でも動き、強度を上げても遅れて上がります。長い時間走れば、同じペースのままでも上がっていく傾向。たとえば8月の朝練で、先週と同じジョグなのに数字だけ高く出る日は、まずこのあたりを疑います。心拍数に影響する薬を服用している場合、運動中の数値が普段の負担のかかり方を反映しないこともあります(次の節で改めて扱います)。

つまり、上がりすぎの原因は走りの中身より外側にあることが多い。数字を下げにいく前に、条件のほうを確かめます。

上がりすぎた​日に、​まず​見ている​もの

先に体のことを。心拍数に影響する薬を服用している方、心臓や血管の病気の既往がある方、健康診断で心電図や脈の乱れについて指摘を受けている方は、ゾーンを設定して練習を始める前に主治医にご相談を。運動中や直後に強い動悸・胸の痛み・意識が遠のく(または失う)感覚がある場合は、直ちに運動を中止してください。症状が強い・治まらない・意識がはっきりしないときは、周囲に助けを求め、救急要請を含めた緊急の対応をためらわないでください。これらは注意したい症状の例であり、当てはまらなければ安全という意味ではありません。安静時の心拍数がいつもと大きく違う状態が続くときも、練習の調整より先に受診をご検討ください。心拍計に表示される数値は練習の目安であり、診断に使うものではありません。

そのうえで、現場で置いている目安を3つ。ここで挙げる目安は研究の結論ではなく、指導上の扱いです。いずれも研究が検証した手順ではなく、走歴や体調によって置き方は変わります。

  • 数値より先に、会話ができるかを見る。 低強度の日は「文章を声に出して快適に読めるか」を目安に。健康な成人16名の研究(Persinger et al., 2004)では、快適に話せるかが怪しくなる段階が、呼吸のしかたが変わる境目(換気性作業閾値)とほぼ一致したと報告されました。心拍ゾーンの正しさを示した研究ではありません。
  • 朝の安静時心拍を、日付と睡眠時間とセットで残す。 過負荷を心拍で捉えられるかを検討したレビュー(Bosquet et al., 2008)は、変化の大きさが日々のばらつきに収まりうるため単独では実用性が限られるとし、他の徴候と併せた解釈を勧めています。1日の値で決めず、並んだ記録をあとから眺める材料に(走る人の睡眠ACWRという考え方)。
  • 機器の癖を知っておく。 手首の光学式は腕の動きや装着の緩さで乱れやすく、走り始めの数分は表示が追いつかない傾向(GPSランニングウォッチの選び方)。

心拍数は、決めるための数字ではなく、あとから振り返るための数字として扱います。表示に合わせてペースを上げると、体感と数値が食い違ったまま強度だけが上がるからです。

強度そのものの中身は、低強度がLSD(ロング走)の目的とペースの目安、閾値付近がペース走・テンポ走の考え方、高強度がインターバル走のやり方と強度設定、全体の配分がサブ4を目指す練習の組み立て方へ。

「220−年齢」は​どこまで​信じられるか

ここからは、冒頭に挙げた2つ目、比べている基準がどれだけ確かなのかを見ます。最大心拍数(HRmax)とは、最大限の努力で到達する1分あたりの拍動数です。多くのゾーン設定はこの値を基準に作られるので、最初に問われるのは基準そのものの精度になります。

広く知られている「220−年齢」の来歴を調べた総説(Robergs & Landwehr, 2002)は、この式が独自の研究から導かれたものではなく、およそ11件の文献に基づく観察から生まれたものだと記述しています。同総説は推定誤差の大きさを挙げ、この式は運動生理学の分野で用いるだけの科学的な妥当性を持たないと結論しました。

置き換えとして提案された式もあります。ただし、どの式も集団としての当てはまりを述べたもので、目の前の一人の値を言い当てるものではありません。体感で言えば、「今日は少しきついな」と感じる程度の差が、丸ごと誤差に埋もれてしまう幅です。式ごとの成り立ちと、原典が報告している精度の情報を下の表に整理しました。

推定式出典と導かれ方原典が報告している精度の情報
220 − 年齢由来を調べた総説(Robergs & Landwehr, 2002)。独自研究ではなく約11件の文献に基づく観察推定の標準誤差 7〜11拍/分
208 − 0.7 × 年齢メタ分析(Tanaka et al., 2001)。351研究・492群・18,712名の集団平均値を統合相関 r = −0.90(集団平均値どうしの関係で、個人のばらつきの指標ではない)
211 − 0.64 × 年齢実測研究(Nes et al., 2013)。健康な3,320名の運動負荷試験推定の標準誤差 10.8拍/分

表:年齢から最大心拍数を推定する主な式と、それぞれの原典で報告されている情報。どの式を選ぶべきかを示す表ではありません。右列は指標の種類が異なります。数値どうしを比べることはできません。いずれの式も、目の前の一人の実測値を言い当てるものとしては報告されていません。

市民ランナーではどうか。フルマラソン完走者180名(女性32名・男性148名)を実測した横断研究(Nikolaidis, Rosemann & Knechtle, 2018)では、女性で「220−年齢」もTanakaの式も実測よりおよそ5拍/分高く、男性では「220−年齢」がおよそ3拍/分低い結果でした。ずれの向きは、集団によって逆にもなります。

ゾーン表が、​人に​よって別の​場所を​指す理由

ゾーンとは、運動強度をいくつかの帯に分けた区分のことです。先に書いておくと、ゾーンの数も境目の決め方も統一されていません。研究の文脈では、呼吸や血中乳酸の振る舞いが変わる境目で3つに分ける区切りが多く使われます(LSD(ロング走)の目的とペースの目安)。一方、時計やアプリは最大心拍数に対する割合(%HRmax)などで5段階に区切る形が主流。基準が違えば、同じ「ゾーン2」でも指す強度は別物です。

割合で区切ること自体にも報告があります。健康な成人100名(女性46名・男性54名)を調べた研究(Iannetta et al., 2020)では、乳酸性作業閾値が生じた強度が最大心拍数の60〜90%という広い範囲に散らばりました。10人が同じ「70%」を目標に走っても、体の中で起きていることまで同じとは限らない、ということです。

健康な成人100名で、乳酸性作業閾値が生じた強度は最大心拍数の60〜90%、最大乳酸定常状態が生じた強度は75〜97%という広い範囲に散らばっていた。
健康な成人100名(女性46名・男性54名)で測定された、2つの閾値が生じた強度の範囲(出典: Iannetta et al., 2020)。横棒は報告された範囲の下限から上限までで、平均値でも信頼区間でもありません。同じ「最大心拍数の◯%」が人によって別の生理的な位置に対応していたことを示す値で、特定の割合を推奨するものではありません。ランナーに限った集団ではなく、実験室での測定値です。

著者らは、最大値に対する固定の割合で強度を決める方法は代謝の刺激を十分に制御できないと結論しています。つまりゾーン設定には、ずれが二重に乗ります。基準になる最大心拍数の推定にずれがあり、その値に割合を掛けた境目も、人によって体の別々の場所に落ちる。

ゾーンが無意味という話ではありません。同じ人が同じ機器・同じ設定・近い条件で記録すれば、単発の数値よりも推移を確認する材料にはなります。難しいのは、他人の数値と横並びに比べる使い方のほうです。

よく​ある​質問

Q. ランニング中に心拍数が上がりすぎるのは、なぜですか。

心拍数が上がりすぎる日の原因は、走力の低下よりも、その日の条件と数字そのものの粗さにあることが多くあります。心拍数は気温・湿度・水分状態・睡眠・カフェイン・体調・緊張でも動きます。手首の光学式は、腕の動きや装着の緩さでも乱れやすい傾向があり、個人差があります。心拍計に表示される数値は練習の目安であり、診断に使うものではありません。

Q. 心拍数が高く出た日は、ペースを落とすべきですか。

数字を下げにいく前に、その日の気温・睡眠・水分・機器の条件のほうを確かめます。1日の値で決めず、並んだ記録をあとから眺める材料にします。安静時の心拍数がいつもと大きく違う状態が続くときは、練習の調整より先に受診をご検討ください。運動中や直後に強い動悸・胸の痛み・意識が遠のく(または失う)感覚がある場合は、直ちに運動を中止してください。症状が強い・治まらない・意識がはっきりしないときは、周囲に助けを求め、救急要請を含めた緊急の対応をためらわないでください。

Q. 「220−年齢」で最大心拍数を出してもいいですか。

この式の由来を調べた総説(Robergs & Landwehr, 2002)は、独自の研究から導かれたものではなく、およそ11件の文献に基づく観察から生まれたと記述しています。同じ総説は、この式が運動生理学の分野で用いるだけの科学的な妥当性を持たないと結論しました。どの式も集団としての当てはまりを述べたもので、目の前の一人の値を言い当てるものではありません。年齢を代入した計算例は、この記事には載せていません。

Q. 心拍ゾーンのとおりに走れば、狙った強度になりますか。

そうとは言い切れません。ゾーンの数も境目の決め方も統一されていません。健康な成人100名では、乳酸性作業閾値が生じた強度が最大心拍数の60〜90%という広い範囲に散らばりました(Iannetta et al., 2020)。ランナーに限った集団ではありません。他人の数値と横並びで比べるより、同じ人が同じ機器・同じ設定・近い条件で記録したときの推移を確認する材料にはなります。

まとめと、​次の​一歩

限界を先に書きます。ここで挙げた式や範囲は、それぞれ別の集団を別の方法で測った報告で、数値どうしを比べられるものではありません。そのうえで要点を4つ。

  • 数字が高く出る日は、走力より先に気温・睡眠・水分・機器の条件を疑う。心拍数は代理指標で、強度そのものの物差しではありません。
  • 「220−年齢」は独自研究から導かれた式ではなく、運動生理学の分野で用いるだけの科学的な妥当性を持たないと結論されています(Robergs & Landwehr, 2002)。どの式も、個人の実測値を言い当てるものではありません。
  • ゾーンの区切り方に統一された標準はありません。健康な成人100名では、乳酸性作業閾値が生じた強度が最大心拍数の60〜90%と広く散らばりました(Iannetta et al., 2020。ランナー限定の集団ではありません)。
  • 心拍数に影響する薬を服用中の方、心疾患の既往がある方、健診で指摘を受けている方は、ゾーン設定の前に主治医にご相談ください。運動中の強い動悸・胸の痛み・意識が遠のく感覚があれば直ちに中止し、症状が強い・治まらない・意識がはっきりしないときは、救急要請を含めた対応をためらわないでください。表示される数値は診断に使うものではありません。

今週のジョグを1本だけ、心拍表示を見ずに走ってみてください。走り終えてから記録を開くと、体感と数字がどれだけ合っていたかを確かめられます。

関連リンク


参考文献

  1. Robergs, R. A., & Landwehr, R. (2002). “The surprising history of the ‘HRmax=220-age’ equation.” Journal of Exercise Physiology Online, 5(2), 1–10. (DOI 未付与の雑誌。発行元 ASEP の公開PDF: asep.org/機関リポジトリ: QUT ePrints
  2. Tanaka, H., Monahan, K. D., & Seals, D. R. (2001). “Age-predicted maximal heart rate revisited.” Journal of the American College of Cardiology, 37(1), 153–156. doi:10.1016/S0735-1097(00)01054-8
  3. Nes, B. M., Janszky, I., Wisløff, U., Støylen, A., & Karlsen, T. (2013). “Age-predicted maximal heart rate in healthy subjects: The HUNT Fitness Study.” Scandinavian Journal of Medicine & Science in Sports, 23(6), 697–704. doi:10.1111/j.1600-0838.2012.01445.x
  4. Nikolaidis, P. T., Rosemann, T., & Knechtle, B. (2018). “Age-predicted maximal heart rate in recreational marathon runners: A cross-sectional study on Fox’s and Tanaka’s equations.” Frontiers in Physiology, 9, 226. doi:10.3389/fphys.2018.00226
  5. Iannetta, D., Inglis, E. C., Mattu, A. T., Fontana, F. Y., Pogliaghi, S., Keir, D. A., & Murias, J. M. (2020). “A critical evaluation of current methods for exercise prescription in women and men.” Medicine and Science in Sports and Exercise, 52(2), 466–473. doi:10.1249/MSS.0000000000002147
  6. Bosquet, L., Merkari, S., Arvisais, D., & Aubert, A. E. (2008). “Is heart rate a convenient tool to monitor over-reaching? A systematic review of the literature.” British Journal of Sports Medicine, 42(9), 709–714. doi:10.1136/bjsm.2007.042200
  7. Persinger, R., Foster, C., Gibson, M., Fater, D. C. W., & Porcari, J. P. (2004). “Consistency of the talk test for exercise prescription.” Medicine and Science in Sports and Exercise, 36(9), 1632–1636. PMID: 15354048
本記事の内容は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の個人に対する医学的助言・診断・治療を目的とするものではありません。体調や既往症に不安がある方は、必ず医師等の専門家にご相談ください。運動実施による結果には個人差があり、効果を保証するものではありません。

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