マラソン後半の​失速は​なぜ起こるのか——前半の​入り方から​見直す

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呼吸を整えながら走るマラソンランナーの線画イラスト

30kmまでは予定どおりだったのに、そこから急に脚が動かなくなった。フルマラソンを走ったことのある方なら、心当たりがあるのではないでしょうか。先に結論を書くと、後半の失速は一つの原因では説明できず、しかもその多くは後半ではなく前半の入り方から始まっています。

この記事では、自分の落ち方がどのタイプかを切り分ける見方と、次に何を練習するかの選択肢を並べます。約170万人分のレース記録を分析した研究でも、前半を飛ばしたランナーほど後半の落ち込みが大きい傾向が報告されています(Smyth, 2018)。

「30kmの​壁」は、​位置が​決まっているわけではない

後半失速の代表的な説明のひとつが、糖(グリコーゲン)の枯渇です。体を動かすエネルギー源は主に糖と脂肪で、強度が高いほど糖への依存が増します。筋肉と肝臓に蓄えられる糖の量には限りがあり、これを使い切ると、同じペースを保つのが急に難しくなると考えられています。「ボンク」「ハンガーノック」、日本で言う「30kmの壁」の中心的な仮説です。

この関係を数理モデルとして示した研究があります(Rapoport, 2010)。走る強度と糖・脂肪の使われ方の関係をモデル化し、どの距離で糖を使い切るかは「体格・走力・ペース設定」によって個人ごとに大きく変わると報告されました。裏を返せば、壁は全員が30km地点にあるのではなく、実力に対して速すぎるペースで入るほど手前に来る、と整理できます。

ただしこれは、エネルギー供給の側面に注目したモデルです。後半失速のすべてを説明するものではありません。実際のレースで起きているのは、複数の要因の重なりです。

失速は​4つの​要因が​連鎖して​起こる

後半の失速をエネルギー切れだけで語ってしまうと、対策を見誤りやすくなります。研究や実際のレースデータをふまえると、少なくとも次の4つの重なりとして読むほうが、実態に近いようです。

  • 糖(グリコーゲン)の枯渇:強度が高いほど糖を早く使い切ります。補給と、糖を使いすぎないペース設定の両方が関わります。
  • ペーシングの失敗:約170万人の市民ランナーのレース記録を分析した研究では、最初の5kmを本人のレース全体の平均ペースより速く入ったランナーほど後半の落ち込みが大きく、フィニッシュタイムも悪化する傾向が報告されています(Smyth, 2018)。比較の基準は事前の目標ペースではなく、実際に走ったレースの平均ペースです。前半の「貯金」は、後半の「借金」になりやすいということ。
  • 筋損傷・筋疲労:長時間の着地衝撃が繰り返され、後半ほど脚の筋肉に微細な損傷や疲労が蓄積します。心肺は余裕があるのに脚が地面を押し返せない。そんな落ち方は、このタイプに当たります。
  • 暑熱(気温・体温上昇):気温が上がるほどマラソン後半のペース低下が大きくなり、その出方は走力レベルによって異なると報告されています(Ely, Martin, Cheuvront & Montain, 2008)。夏場やコンディションの悪い日は、同じ走力でも後半が落ちやすい前提で考えたいところです。

この4つは互いに独立ではなく、連鎖します。速すぎるペース設定は糖の枯渇を早め、暑熱は発汗と体温上昇を通じてさらに消耗を進め、蓄積した筋疲労がフォームを崩す。ひとつのつまずきが次を呼びます。だからこそ最初にやることは、自分がどの要因につまずきやすいかを見極めることになります。

前半5kmが本人のレース平均ペースより10%速かった群は平均フィニッシュが約37分、10%遅かった群は約29分、平均どおりの群より遅かったことを示す棒グラフ
同じ10%でも、速く入るほうが遅く入るより多くの時間を失う傾向が報告されています(前半5kmのペース、出典: Smyth, 2018)。

図の10%は、レース全体の平均がキロ6分の人なら、最初の5kmをキロ5分24秒で入ったという幅です。1kmあたり36秒の違いが、フィニッシュでは平均どおりに入った群より約37分遅い、という形で現れています。

練習で​できる​備えは、​4つの​要因に​対応している

「これをやれば失速しない」と言い切れる方法はありません。効果の出方には個人差があり、同じ練習でも人によって手応えは変わります。そのうえで挙げるのは、上の4要因に対応づけられる選択肢です。

  • ロング走(距離走):長い時間走ることに脚と全身を慣らし、脂肪をエネルギーとして使う効率を高める狙いで取り入れられます。糖の枯渇と筋疲労の両方に関わる土台づくり。ただし距離や頻度を急に増やすとケガのリスクが上がります。増やし方の目安は練習量の増やしすぎを数字で見るACWRの記事へ。
  • 補給(レース補給)の練習:本番で摂る予定のジェルや飲料を、ロング走の中で実際に試しておく方法です。慣れない補給は胃腸トラブルの原因にもなります。「何を・いつ・どのくらい摂るか」を練習で確かめておくと、本番の見通しが立てやすくなる傾向があります。
  • イーブンペース(一定ペース)で走る練習:設定したペースを淡々と保つ練習は、前半に突っ込みすぎる癖を抑える助けになるようです。時計や心拍で「抑える感覚」を体に覚えさせるイメージ。
  • 脚づくり(筋力)の観点:失速が心肺よりも「脚が支えきれない」タイプに近い場合、筋力面の課題が関わっていることがあります。この視点はランナーに筋トレは必要かの記事で扱っています。

どれも全員に当てはまるメニューではなく、自分のつまずきやすい要因に合わせて選ぶものです。一度に詰め込むより、一つずつ積み上げるほうが身につきやすい傾向があります。

現場から​見ると、​失速は​前半と​レース前に​始まっている

ここからは研究の結論ではなく、指導上の見方を書きます。後半の失速対策の第一歩は、前半の入り方に置きます。レース後の振り返りで手がかりになるのは、脚が止まった30km地点より、気持ちよく走れていた10km地点のラップのほうだからです。

後半に強い走りは、前半を淡々と保つところから始まります。周囲に置いていかれるように見えても、自分の設定を崩さない。特別な才能の話ではなく、「前半の余裕は後半のための投資」を練習で確かめてきたかどうかの差です。

見落とされやすいのが回復の質です。同じ練習量でも、睡眠が足りているかどうかで疲労の抜け方は変わります。日々のトレーニング効果も回復に左右される点は走る人の睡眠の記事にまとめました。当日の補給やペースに目が向きがちですが、土台は普段の積み上げにあります。

なお、レース中やその後に強い痛み・めまい・吐き気などがある場合は、我慢して走り続けず、医療スタッフや医療機関にご相談ください。

よく​ある​質問

Q. 「30kmの壁」は、誰にでも30km地点で来ますか。

壁の位置は決まっていません。どの距離で糖を使い切るかは体格・走力・ペース設定によって個人ごとに大きく変わると報告されており(Rapoport, 2010)、実力に対して速すぎるペースで入るほど手前に来ると整理できます。30kmという数字は、日本で広く使われている言い方であって、地点そのものに意味があるわけではありません。

Q. 前半は、どのくらい抑えて入ればいいですか。

当サイトでは、何分何秒で入るという設定ペースの指定はしません。個人差が大きいうえ、この記事で引いた研究は、レースの記録の分析やエネルギー供給のモデル化であって、「何分何秒で入るのが良いか」を比べたものではないためです。代わりに使える基準はあります。Smyth(2018)が比較に使ったのは事前の目標ペースではなく、実際に走ったレースの全体平均ペースでした。前回のレースのラップを開いて、最初の5kmが自分の全体平均よりどれだけ速かったかを見る。まずはその1つで足ります。

Q. 補給は、何をどれくらい摂ればいいですか。

本記事では量やタイミングの数字は扱っていません。摂るものの選び方と、推奨として挙がっている量についてはジェル・補給食の選び方にまとめました。そのうえで練習の側で確かめておけるのは、本番で摂る予定のものをロング走の中で実際に試しておくことです。慣れない補給は胃腸トラブルの原因にもなるため、本番が初回にならないようにしておく、という趣旨です。

Q. 暑い日は、どのくらい落ちるものですか。

気温が上がるほどマラソン後半のペース低下が大きくなり、その出方は走力レベルによって異なると報告されています(Ely ら, 2008)。ただし「何度で何分落ちる」という形の目安は出せません。暑い日に走るかどうかの判断そのものは暑さ指数(WBGT)で見る夏の走り方にまとめました。同じ走力でも後半が落ちやすい前提で組み立てておく、という使い方になります。

まとめと、​次の​一歩

失速の出方には大きな個人差があり、4つの要因のどれが効いているかは人によって違います。断定はできませんが、そのうえで整理します。

  • 「30kmの壁」の中心的な仮説は糖(グリコーゲン)の枯渇ですが、壁の位置は固定ではなく、体格・走力・ペース設定によって個人ごとに変わると報告されています(Rapoport, 2010)。
  • 後半の失速は、糖の枯渇・ペーシングの失敗・筋損傷や筋疲労・暑熱が連鎖して起こる、という読み方が妥当です。
  • 前半5kmを本人のレース平均ペースより速く入ったランナーほど、後半の落ち込みが大きい傾向が報告されています(Smyth, 2018)。気温が高いほど後半のペース低下が大きくなりやすい点も同様です(Ely ら, 2008)。
  • 練習の選択肢は、ロング走・補給練習・イーブンペース走・脚づくり。効き方は人によって違うので、自分のつまずきやすい要因に合わせて選ぶのが前提です。
  • 強い痛みや体調不良を感じたときは、無理に走り続けず医療機関にご相談ください。

次のレースで「後半のどこで・どんなふうに落ちたか」を一言だけ記録してみてください。脚が終わったのか、呼吸が苦しかったのか、暑さで消耗したのか。落ち方のタイプが分かれば、4要因のどこに自分の課題があるかの見当がつきます。

関連リンク


参考文献

  1. Rapoport, B. I. (2010). “Metabolic Factors Limiting Performance in Marathon Runners.” PLoS Computational Biology, 6(10), e1000960. doi:10.1371/journal.pcbi.1000960
  2. Ely, M. R., Martin, D. E., Cheuvront, S. N., & Montain, S. J. (2008). “Effect of ambient temperature on marathon pacing is dependent on runner ability.” Medicine & Science in Sports & Exercise, 40(9), 1675–1680. PMID: 18685522
  3. Smyth, B. (2018). “Fast starters and slow finishers: A large-scale data analysis of pacing at the beginning and end of the marathon for recreational runners.” Journal of Sports Analytics, 4(3), 229–242. doi:10.3233/JSA-170205
本記事の内容は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の個人に対する医学的助言・診断・治療を目的とするものではありません。体調や既往症に不安がある方は、必ず医師等の専門家にご相談ください。運動実施による結果には個人差があり、効果を保証するものではありません。

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