「久しぶりにまた走りたい」。40代・50代で走りを再開するときの話です。この記事の答えを先に言うと、再開を止めないための土台は、走る量と支える力を並行して戻していくことです。ここでは、最初の数週間に何を置き、距離をどう増やすかを扱います。
というのも、再開して数週間から数か月のうちに、膝やふくらはぎ、足裏が痛くなって中断する例があるからです。走れる体をつくってから筋トレを足す。その順番が、かえって遠回りになる場面があります。
気持ちは走れるのに、脚がついてこない
まず押さえておきたいのは、この年代が走ることに不向きなわけではない、という点です。市民マラソンの記録を長期に分析した研究(Lepers & Cattagni, 2012)では、マラソンのもっとも速い記録は男女とも25〜35歳前後で観察されました。同時にこの研究は、1980〜2009年の30年間で、男性は64歳超・女性は44歳超という高年齢層のタイムがむしろ有意に短縮したと報告しました。これらの層はまだ記録の限界に達していない可能性がある、という指摘です。
ただしこれは年代間の記録トレンドであって、いま再開する一人ひとりの回復力や伸びしろを直接示した研究ではありません。ここは分けて考えてください。
一般に、加齢とともに腱や筋、骨といった組織が運動負荷に適応するまでの時間は、ゆるやかになりやすいと考えられています。若い頃と同じ感覚で距離を増やすと、心肺は意外と平気なのに組織の適応が追いつかず、痛みとして現れる。再開ランの「気持ちは走れるのに、脚がついてこない」という感覚は、この時間差から説明できる部分があります。
数年のブランクがあれば、筋力も、片脚で安定して着地する能力も一度は落ちています。その状態のまま走行距離だけを積めば、どうなるか。衝撃を受け止める余力が乏しいまま、繰り返しの負荷だけが増えていきます。
筋トレは、故障予防の側からも報告がある
「筋トレは速く走るためのもの」というイメージが先に立ちがちですが、外傷・障害の予防という観点からも研究の蓄積があります。
さまざまな競技のランダム化比較試験を統合したメタ分析があります(Lauersen et al., 2014)。25研究・約26,610名・3,464件の外傷を対象に、複数の予防アプローチを比較したものです。筋力トレーニングを行った群のスポーツ外傷リスク比は0.315。介入なしと比べて外傷が対照群の約3分の1、3件起きていたところが1件ほど、という比率です。一方、同じ分析でストレッチのリスク比は0.963で、外傷予防の効果ははっきりしませんでした。
この方向は、その後のメタ分析(Lauersen et al., 2018)でも支持されています。12〜40歳を対象とした6つのランダム化比較試験(計7,738名)を統合した研究です。筋力トレーニングを行った群の外傷リスクは、対照群の約3分の1(リスク比0.338)と報告されました。量が多いプログラムほど予防効果が大きくなる「用量依存」の関連も、メタ回帰で示されています。
| 介入・研究 | 対象 | 報告されたリスク比(95%信頼区間) |
|---|---|---|
| 筋力トレーニング(Lauersen et al., 2014) | メタ分析全体で25研究・約26,610名(介入種類別の解析) | 0.315(0.207〜0.480) |
| ストレッチ(Lauersen et al., 2014) | 同メタ分析 | 0.963(0.846〜1.095) |
| オーバーユース障害/身体活動プログラム全般(Lauersen et al., 2014) | 同メタ分析(筋トレ限定ではない) | 0.527(0.373〜0.746) |
| 筋力トレーニング(Lauersen et al., 2018) | 6研究・7,738名・12〜40歳 | 0.338(0.238〜0.480、用量依存の関連) |
表:予防アプローチ別の外傷リスク比(出典: Lauersen et al., 2014 / Lauersen et al., 2018)。リスク比が1.0より小さいほど外傷が少なかったことを示します。オーバーユース障害の0.527は筋力トレーニング単独の値ではなく、身体活動プログラム全般をまとめた値です。2018年の研究の対象は12〜40歳であり、ブランクを経て再開する層を直接検証したものではありません。用量依存の関連も、特定の運動量を割り当てる根拠にはなりません。
研究の結論と、そこから言える指導上の目安は、はっきり分けておきます。研究が示しているのは、「さまざまな競技・年代を含む集団を平均すると、筋力トレーニングを取り入れた群で外傷が少なかった」ということです。これらは市民ランナーの再開ランだけを調べたものではないため、「筋トレをすれば故障しない」と個人に当てはめて断定はできません。そのうえで目安として言えるのは、再開の土台づくりに筋力トレーニングを併せる方針が、故障予防の研究が示す方向と整合するということ。効果の出方には個人差があり、過去の故障歴や現在の体の状態によっても変わります。
距離は「率」ではなく「波」で見る
支える力を戻すのと並行して、もう一つの土台が走る量の増やし方です。再開直後の故障は、多くが「急に増やしすぎた」ことと関わります。
よく知られた目安が、「週の走行距離は前週比10%まで」という10%ルール。覚えやすい経験則ですが、この数字そのものに強い科学的裏づけがあるわけではなく、検証研究では故障予防の効果に疑問も報告されています。詳しくは走る距離の増やし方——「10%ルール」と故障予防の考え方で整理しました。要点は、特定の数字を守ることではなく、急に跳ね上げないこと。
一歩進めるなら、前の週だけを基準にせず、直近1週間の負荷を過去数週間の平均と比べる見方があります。スポーツ現場で使われてきたACWR(急性:慢性負荷比)がその代表で、練習の「詰め込みすぎ」を数字で見る——ACWRという考え方で解説しています。ブランク明けは、体調やスケジュールで走れない週があると翌週に反動が出やすい時期。前週比より数週間の波で眺めるほうが、落ち込みと跳ね上がりを捉えやすくなります。
回復の土台という点では、睡眠も見逃せません(ランナーと睡眠)。
「まず走力、次に筋トレ」ではなく、並行で
再開の初期こそ、筋トレを同時に始めます。ブランク明けは走力も支える力もともに落ちていて、走る量だけを先に増やすと、支える力が戻らないまま衝撃の繰り返しだけが増えるからです。いちばん故障が出やすい局面を、わざわざ長く過ごすことになります。
始め方は軽くて構いません。自分の体重を使ったスクワット、股関節を折りたたむヒンジ、片脚で立って着地を支える動き。走りに直結する基本動作から入れば十分です。テレビを見ながら各10回、週2日から。動きの確認はエクササイズガイドと逆引きガイドへ。走りを支える体幹の使い方はランニングのための体幹トレーニングに、筋トレが走りにどう関わるかはランナーに筋トレは必要かにまとめました。もちろんこれも個人差があり、痛みや既往のある方は内容と量を慎重に選ぶ必要があります。
最後に、線引きをはっきりさせておきます。この記事で扱ったのは、あくまで健康な状態から走りを「再開し、続けていく」ための一般的な考え方であり、いま出ている痛みの診断や治療の話ではありません。走っていて痛みがある、腫れがある、走るたびに痛みが強くなるといった場合は、「筋トレで支えれば大丈夫」などと自己判断で走り続けず、整形外科など医療機関にご相談ください。負荷管理も筋力トレーニングも、健康な体の土台づくりの道具であって、痛みへの対処法ではない。この区別を大切にしていただければと思います。
まとめと、次の一歩
- 引用した研究はいずれも、ブランクを経て再開する市民ランナーだけを対象にしたものではありません。その前提で以下をお読みください。
- 年齢だけを理由に頭打ちと決める必要はありません。1980〜2009年の間に、男性64歳超・女性44歳超という高年齢層のマラソン記録はむしろ向上しました(Lepers & Cattagni, 2012)。ただしこれは年代間の記録トレンドであり、個人の回復力や伸びしろを直接示すものではありません。
- 筋力トレーニングは、さまざまな競技・年代を含むメタ分析で、スポーツ外傷リスクの低下と関連して報告されています(Lauersen et al., 2014:リスク比0.315/2018:0.338)。一方でストレッチには、外傷予防のはっきりした効果は示されていません。
- 距離は「特定の数字を守る」より「急に跳ね上げない」。前週比だけでなく、数週間の波で眺めると捉えやすくなります。
- 「まず走力、次に筋トレ」ではなく、再開の初期から並行して土台を作るほうが噛み合いやすいと考えられます。痛みがあるときは自己判断で走り続けず、医療機関にご相談ください。
今週のうちに1日だけ、走らない日に自重スクワットを10回入れてみてください。走る量を増やす前に、支える側から動かし始める。順番を変えるのは、それだけで足ります。
関連リンク
- 関連記事:ランナーに筋トレは必要か
- 関連記事:走る距離の増やし方——「10%ルール」と故障予防の考え方 / 練習の「詰め込みすぎ」を数字で見る——ACWRという考え方 / ランナーと睡眠 / ランニングのための体幹トレーニング
- 種目別の動きを確認したいとき:エクササイズガイド / 目的から種目を探す:逆引きガイド
- 再開の設計を一緒に組みたいとき:パーソナル指導(S&C/ランニング)のご案内 / S&Cコーチングのご案内
参考文献
- Lauersen, J. B., Bertelsen, D. M., & Andersen, L. B. (2014). “The effectiveness of exercise interventions to prevent sports injuries: a systematic review and meta-analysis of randomised controlled trials.” British Journal of Sports Medicine, 48(11), 871–877. doi:10.1136/bjsports-2013-092538
- Lauersen, J. B., Andersen, T. E., & Andersen, L. B. (2018). “Strength training as superior, dose-dependent and safe prevention of acute and overuse sports injuries: a systematic review, qualitative analysis and meta-analysis.” British Journal of Sports Medicine, 52(24), 1557–1563. doi:10.1136/bjsports-2018-099078
- Lepers, R., & Cattagni, T. (2012). “Do older athletes reach limits in their performance during marathon running?” Age (Dordrecht, Netherlands), 34(3), 773–781. doi:10.1007/s11357-011-9271-z
