10kmの記録が出たら、次のハーフはどれくらいで走れるのか。先に結論を書きます。持ちタイムから他の距離のタイムを見積もる計算は、換算であって、練習の指示ではありません。この記事では、換算表の数字をどこまで信じ、どこから自分で決めるのかの線を引くための材料を並べます。
10kmの記録から「これならサブ3.5だ」と見積もる。当サイトの練習記事は、これまで練習で走るペースの絶対値を書いてきませんでした。本記事は、その理由を説明する側の1本です。換算の数字は書きます。ただし、その数字を練習の設定に変えるところまでは書きません。設定に変えた先を確かめたものが、今回調べた範囲では見当たらないためです。
持ちタイムから別の距離を見積もる式
レースペースとは、レースで刻む1kmあたりの平均の速さのことです。持ちタイムから別の距離を見積もるときに、いちばん広く使われているのが次の式になります。
T2 = T1 × (D2/D1)^k
T1が持っている記録のタイム、D1がその距離、D2が知りたい距離、T2がその見積もりです。kは疲労係数(fatigue factor)と呼ばれます。距離が延びるにつれてランナーの速度がどれだけ落ちるかを表す量、と説明されています(Vickers & Vertosick, 2016)。
この式のもとになったのは、1981年にアメリカの科学一般誌 American Scientist に載った記事です(Riegel, 1981)。査読つきの学術誌ではありません。今回の調査ではその本文に到達できなかったため、式の形と指数は、これを引用している査読論文の記述に沿って扱います。
よく使われる k = 1.06 は、世界記録から導かれた値だと記述されています(Blythe & Király, 2016)。同じ論文は、リーゲルがエリートに1.08を挙げていたことにも触れています。一方、この式を市民ランナーで検証した論文は、1.05〜1.06は40〜70歳の男性市民ランナー向けに挙げられた値だと書いています(Vickers & Vertosick, 2016)。1.06という数字の出どころについて、2本の記述は完全には一致していません。原典にあたれていない以上、どちらか一方に決めて書くことはできません。
検証した側の扱いも参考になります。この論文は指数を1.06に固定せず、平均として1.07を採り、1.06と1.08でも計算し直しています。指数は、動かす前提の数字として扱われている、ということです。
では、どのくらい動くのか。10kmを50分00秒で走った記録を、指数だけ変えて式に入れてみます。
| 換算先 | k = 1.06 で計算 | k = 1.12 で計算 |
|---|---|---|
| ハーフマラソン | 約1時間50分 | 約1時間55分 |
| フルマラソン | 約3時間50分 | 約4時間11分 |
表:10km 50分00秒の記録を T2 = T1 × (D2/D1)^k に入れた結果(分単位に丸め)。1.06は世界記録から導かれた値、1.12は英国の競技ランナー個人の指数の中央値です(Blythe & Király, 2016)。式に数字を入れた計算であり、どちらが正しいかを示すものではありません。また、練習で走るペースの指定でも、レース当日に走れる速さの予告でもありません。指数を0.06動かすだけで、フルマラソンの見積もりは約21分動きます。なお市民ランナーを対象にした検証では、マラソンの予測は実測より速い側に外れたと報告されています(Vickers & Vertosick, 2016。次節)。
距離を2倍にすると、時間は2の1.06乗、つまり約2.08倍になります。これも式に数字を入れた結果で、体の中で何が起きているかを説明した値ではありません。
その予測は、どこで当たり、どこで外れたか
先に結論を書くと、当たり外れは距離ごとに違いました。10kmとハーフでは較正が良好で、マラソンでは系統的に速すぎる予測でした。較正とは、予測と実測がどれだけそろっているかを指します。
まず、指数そのものを個人ごとに推定した研究があります(Blythe & Király, 2016)。英国の公式競技記録のデータベース、164,746名・1,417,432記録が対象です。個人ごとの指数は中央値1.12、5・95パーセンタイルは1.10と1.15。リーゲルが世界記録から推定した指数より高い、と明記されています。
対象は英国の公式競技会に出場したランナーで、市民ジョガーの集団ではありません。それでも読み取れることが1つあります。指数が大きいほど、距離が延びたときの落ち方は大きくなる。1.06で計算すると、長い距離ほど速すぎる見積もりが出る、ということです。
その「速すぎる」が、市民ランナーで実際に測られています(Vickers & Vertosick, 2016)。インターネット調査に回答した2,303名(女性890名、年齢の中央値35歳)の記録を使った検証です。10kmとハーフでは、予測と実測に差がある証拠は認められませんでした(それぞれ p = 0.9、p = 0.3)。マラソンでは較正が悪く(p 0.0001未満)、半数のランナーで10分以上速い予測が出たと報告されています。
読み分けが3つ。p値は較正の良し悪しを検定した値で、何分ずれるかを示す値ではありません。「差の証拠がなかった」ことは、「正確だった」とは違います。そして較正は集団としてのそろい方であって、一人ひとりの見積もりが当たることを意味しません。10kmとハーフで較正が良好だったことを、「自分のハーフはこの数字で走れる」と読み替えることはできません。そのうえで、実際に効いてくるのは、外れ方に向きがあることです。予測は速すぎる側に外れました。目標に使えば、楽観の側に傾きます。自己申告のインターネット調査で、著者らはこの集団が「ニューヨークマラソンの参加者より若く速い」ため代表性に懸念があると記しています。
マラソンだけが外れる理由に、説明を1つ与えている報告もあります(Smyth et al., 2022)。マラソン参加者82,303名で、心拍(最大に対する割合)と走速度(臨界速度に対する割合)のずれを調べたものです。ずれの大きさは平均1.16 ± 0.22、現れたのは平均25.2 ± 9.9 km地点でした。標準偏差が9.9 kmと大きく、地点を一つに決められる値ではありません。後半に崩れる現象そのものはマラソン後半の失速はなぜ起こるのかで扱っています。心拍を見てペースを決めるときの前提はランニングの心拍数の目安にまとめました。
そもそも、予測式は1本に絞れる段階にありません。マラソン成績の予測式を集めた系統的レビューは、36研究から114の式を同定しています(Keogh et al., 2019)。決定係数r²は.10から.99まで(報告があったのは68の式)、推定の標準誤差は0.27分から27.4分まで(同19の式)。著者らの結論は、すべてのランナーに正確な単一の式は存在しない、ランナーは単一の式に頼ることに慎重であるべき、というものでした。
国内のデータもあります。日本陸連公認の4大会の完走者709名を対象に、年齢・体格・出場回数・月間走行距離からマラソン成績を推定する回帰モデルを比べた研究(森ほか, 2016)。市民ランナー100名(男女各50名)で、トレーニング走速度とマラソン走速度の関係を検討した研究(髙尾ほか, 2025)。どちらも距離間の換算を扱ったものではなく、統計値は要旨から取得できなかったため数値は挙げません。持ちタイムを他の距離に換算する式を日本人で検証した研究は、今回調べた範囲では見当たりませんでした。
練習ペースを出す枠組みは、どこまで確かめられているか
レースやタイムトライアルの記録から各強度のペースを導く枠組みは、広く使われています(書評『ダニエルズのランニング・フォーミュラ』)。ただし原典は市販の書籍で、今回の調査では査読された一次情報に到達できませんでした。ペース表は書籍の中核にあたる部分なので、著作権への配慮から、ここでは数値を転載しません。数値そのものは原著をご確認ください。
確かめられていることが1つあります。第三者の査読論文が、予測の誤差を数値で報告していることです(Oficial-Casado et al., 2026)。バレンシアのハーフマラソンとマラソンを同じ年に完走した7,663名の公式記録を使った解析で、著者らが作った回帰式の平均絶対誤差は5.67%、VDOTは7.92%でした。VDOTは2時間30分未満・3時間未満のカテゴリーでは著者らのモデルより正確で、4時間未満のカテゴリーからは著者らのモデルのほうが精度で上回っています。著者らは、この回帰式がバレンシア大会に固有で、性格の異なる大会に当てはまるとは限らないと明記しています。
ここは読み分けが要ります。これは予測式としての誤差の評価であって、その枠組みに沿って練習することの効果を確かめたものではありません。同じ大会・同じ年・同じ人という、条件のそろったデータです。それでも平均絶対誤差は、5%台から8%近くが残りました。
査読文献の側で定義され、自分の記録から計算できる指標もあります。臨界速度(critical speed)です。124研究を整理したレビューは、臨界速度をランニングにおける最大代謝定常状態と定義しています(Anderson et al., 2026)。体の中の状態が釣り合ったまま維持できる、いちばん高い速度という意味です。マイルからマラソンまでの成績の強い決定因子と記述され、練習の中身を一人ひとりに合わせるための手段になりうる、とも述べられています。同じレビューは、測り方とモデル化の最適な方法について合意がないことも書いています。
計算の根拠のほうは、かなり厚い。25,000名を超える練習記録の解析では、距離と時間の関係はどの距離の組み合わせでも直線的でした(R = 0.9999 ± 0.0001。Smyth & Muniz-Pumares, 2020)。記録が2つあれば、その傾きから臨界速度を出せる、ということです。フィールドでの測り方を集めた系統的レビュー(19研究・285名。うち女性は66名)では、2回のタイムトライアルは、5km成績の予測において3回法と同等だったと報告されています(Lipková et al., 2025)。3分間の全力走から求める方法は、トレッドミルでの疲労困憊テストと r = 0.92、再検査の信頼性は0.90を超えていました。
同じレビューには、目標を置くときに思い出しておきたい報告もあります。男性は自分の能力を過大に、女性は過小に見積もる傾向があった、というものです。なお3分間の全力走から推定する方法の推奨範囲は、およそ2.5分から18分の成績です(Pettitt et al., 2012。女子ランナー14名が対象)。マラソンは範囲の外にあります。
そして、この記事でいちばん書いておきたいのがここです。VDOTも臨界速度も、その枠組みに沿って練習した群としなかった群を比べた試験は、今回調べた範囲では見当たりませんでした。計算の根拠はこれだけそろっているのに、その数字を練習の設定に変えたあとの根拠が見当たらない。だから当サイトの練習記事では、練習で走るペースの絶対値を書いてきませんでした。「400m×◯本を◯分◯秒で」という表を作らない理由も、まったく同じです(インターバル走のやり方と強度設定)。
臨界速度を測る方法は、3分間の全力走にせよ複数回のタイムトライアルにせよ、すべて全力走です。心臓・血管の持病がある方、運動中に胸の痛み・強い息切れ・動悸を経験したことがある方、健診で指摘を受けている方は、高強度の練習を始める前に医療機関にご相談ください。走行中や直後に胸の痛み・意識が遠のく(または失う)・強い呼吸の苦しさがある場合は、直ちに運動を中止してください。症状が強い・治まらない・意識がはっきりしないときは、周囲に助けを求め、救急要請を含めた緊急の対応をためらわないでください。これらは注意したい症状の例であり、当てはまらなければ安全という意味ではありません。換算のもとになる記録を取り直すために、タイムトライアルや記録会・レース本番に臨むときも、同じ扱いにしてください。
レースペースを、どう決めるか
ここから先は、研究が検証した手順ではなく、現場で置いている枠です。走歴・故障歴・生活のリズムで置き方は変わりますし、個人差があります。
- 換算値は、目標ではなく現在地の別の表し方として置く。 「その日に走れる速さ」ではなく、「いまの走力を別の距離で言い換えるとこうなる」という読み方に寄せます。
- 近い距離どうしから始める。 10kmからハーフ、ハーフからフル。距離差と誤差の関係が測られているわけではないので、これは指導上の整理です。
- マラソンは、出た数字より余裕を持たせた側に置く。 研究が示しているのは「予測が速すぎる側に外れる」までで、どれだけ余裕を取るべきかは検証されていません。
- 記録の横に、その日の条件を書き残す。 気温、コース、単独走か集団の中だったか。研究の側から一つだけ。6大会60レース・1,791,972名の解析では、最も速い平均速度が得られる気温は走力によって3.8〜9.9℃と報告されています(El Helou et al., 2012)。暑い時期の走り方は夏のランニングへ。
- 練習ペースは、換算値そのものではなく「その日に何分続けられるか」から決める。 ペース走・テンポ走の考え方で使っている「時間で管理する」と同じ扱いです。ゆっくり走る日の目安はLSD(ロング走)の目的とペースの目安、週の中の置き方は練習の強度配分と週の組み立てにまとめています。
もう一つ、はっきり書いておきます。換算値に届かないことは、練習が足りないことを意味しません。サブ4・サブ3の平均ペースも、同じ性格の数字です。時間を距離で割った結果であって、練習で走るペースの指定ではありません(サブ4を目指す練習の組み立て方/サブ3を目指す練習の考え方)。
換算するときは、もとにした記録がどんな条件で出たものかも合わせて見ます。同じ10kmでも、3月に出した記録と9月のレースでは前提が違います。換算値がいちばん役に立つのは、目標を決めるときではなく、目標を疑うときです。
レース当日に見るのは、換算値ではなく前半の入り方です。換算値は、当日の気温もその朝の体調も織り込んでくれないからです。前日の準備と当日朝の段取りは大会前日の持ち物と準備にまとめてあります。
まとめと、次の一歩
限界を先に書きます。中心になる2本の研究はどちらも10年前で、対象は英国の競技会に出たランナーと、インターネット調査に答えた市民ランナーでした。日本人の換算データは見当たらず、換算した数字で練習することの効果を確かめた試験も、どの論点にも見当たりません。そのうえで要点を5つ。
- 式は T2 = T1 × (D2/D1)^k。よく使われる k = 1.06 は世界記録から導かれた値だと記述されており(Blythe & Király, 2016。ただし出どころの記述は論文間で一致していません)、英国の競技ランナー個人の指数は中央値1.12でした。指数を0.06動かすだけで、10km 50分からのフルマラソンの見積もりは約21分動きます。
- 市民ランナー2,303名の検証では、10kmとハーフでは予測と実測がよくそろっていた一方、マラソンでは半数のランナーで10分以上速い予測が出たと報告されています。外れる向きは、速すぎる側です(Vickers & Vertosick, 2016。自己申告のインターネット調査)。そろっていたのは集団としての話で、一人ひとりの見積もりが当たることではありません。
- 予測式は36研究に114あり、推定の標準誤差は0.27分から27.4分まで報告されています(Keogh et al., 2019)。単一の式に頼ることに慎重であるべき、というのが著者らの結論でした。
- VDOTも臨界速度も、その枠組みに沿って練習した群としなかった群を比べた試験は、今回調べた範囲では見当たりませんでした。臨界速度の測定はいずれも全力走にあたるため、持病や胸の痛みの経験がある方は、始める前に医療機関にご相談ください。タイムトライアルやレース本番も同じ扱いです。
- 換算値は、いまの走力の別の表し方であって、練習で走るペースの指定ではありません。届かないことは、練習が足りないことを意味しません。
直近のレース記録を1つ選んで、その横に当日の気温とコースを書き足してみてください。次に換算表を開いたとき、その数字をどれだけ割り引いて読むかは、そのメモが決めてくれます。
次に読む1本(いまの状態別)
- 週の組み立てから決めたい方は練習の強度配分と週の組み立てへ
- 閾値付近の一本の中身を決めたい方はペース走・テンポ走の考え方へ
- 高強度を入れるか迷っている方はインターバル走のやり方と強度設定へ
- 目標タイムから逆算したい方はサブ4を目指す練習の組み立て方、サブ3を目指す練習の考え方へ
関連リンク
- 関連記事:マラソン後半の失速はなぜ起こるのか / ランニングの心拍数の目安 / LSD(ロング走)の目的とペースの目安 / 夏のランニング / 大会前日の持ち物と準備 / 書評『ダニエルズのランニング・フォーミュラ』
- 関連ツール:レースタイム換算——持ちタイムを、他の距離のタイムに幅で言い換えるだけの道具です。練習で走るペースの指定でも、レース当日に走れる速さの予告でもありません
- 目標の置き方を一緒に整理したいとき:パーソナル指導(S&C/ランニング)のご案内
参考文献
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- Smyth, B., Maunder, E., Meyler, S., Hunter, B., & Muniz-Pumares, D. (2022). “Decoupling of internal and external workload during a marathon: An analysis of durability in 82,303 recreational runners.” Sports Medicine, 52(9), 2283–2295. doi:10.1007/s40279-022-01680-5
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