週末のロング走を前に、どのくらいのペースで走るかを決めかねる。先に結論を書くと、ロング走の設定で現場が使っている目安は「会話ができる程度か」という相対的なものです。ロング走のペース設定に「1kmあたり何分」という共通の答えはなく、適切な強度は走力・走歴・気温・その日の状態で変わります。絶対値で指定できるものではない、というのが、目安を相対的に置いている理由です。
この記事では、今日のロング走が自分にとって速すぎないかを、時計を見ずに確かめる見方を扱います。並べる順番は、呼び名の出自、研究が報告していること、現場での置き方。
LSDとは、1969年の書籍に由来する呼び名
LSDは Long Slow Distance の頭文字で、ゆっくりしたペースで長い時間走り続ける練習を指します。語源ははっきりしていて、ランニング誌編集者の Joe Henderson が1969年に刊行した同名の書籍にさかのぼります(Henderson, 1969)。研究から出てきた用語ではありません。
押さえておきたいのは、LSDが指しているのが第一に強度だという点。「ロング」は結果として長くなる時間で、定義の中心は「スロー」のほうにあります。日本では「ロング走」「距離走」「ジョグ」と重なって使われ、人によって指す内容が違う。
研究の文脈では、練習は3つの強度ゾーンで分けられます。ゾーン1は換気性作業閾値(VT)より下、ゾーン2はVTと呼吸性代償閾値(RCT)のあいだ、ゾーン3はRCTより上、という区切りです。VTとRCTは、強度を上げたときに呼吸のしかたが変わる境目で、実験室のテストで測ります。注意したいのは、ゾーンの区切り方が研究ごとに違うこと。別々の研究が報告した配分の割合どうしを、同じ確からしさで比べることはできません。強度配分の全体像はサブ4を目指す練習の組み立て方で扱っています。閾値付近はペース走・テンポ走の考え方、反対側の端はインターバル走のやり方と強度設定へ。
低強度で長く走ることに、研究が報告していること
先に結論を書くと、低強度中心の配分や低強度の走行量が持久系の成績と結びついて報告された研究は複数あります。ただし対象・期間・デザインはそれぞれ違い、いずれも市民ランナーがそのまま当てはめる練習として示されたものではありません。
一つ目は、強度配分そのものを比べたランダム化比較試験です(Esteve-Lanao et al., 2007)。サブエリートのランナー12名を無作為に2群へ割り付け、心拍で強度を管理しながら5か月間練習させています。低強度を多く配分した群(Z1群)と閾値付近を多く配分した群(Z2群)で、高強度(ゾーン3)の割合はほぼ揃えられていました。
10.4kmのシミュレーションレースのタイム改善は、Z1群のほうが統計的に有意に大きかったと報告されています(157秒対121.5秒、p = 0.03)。著者らはこれを、高強度トレーニングの寄与が十分であるという条件のもとで、長期間にわたって低強度の割合を比較的大きく取ることの価値を支持する実験的根拠だと述べています。
図のゾーン1が80.5%というのは、週に5時間走る人なら4時間前後が低強度、という配分に当たります。再現すべき配分ではありませんが、割合の感覚をつかむ当てはめとしてどうぞ。
読み分けが必要な点が3つ。対象は12名という少人数のサブエリート競技者であること。高強度の割合は両群ともおよそ8%に揃えられており、「低強度だけで練習した群」は存在しないこと。そして1件の研究であり、配分の議論が決着したわけではないことです。
二つ目は、世界レベルの選手の練習量と成績の関連です(Casado et al., 2021)。エリート〜ワールドクラスの男子長距離ランナー85名が、練習内容と自己記録を申告した研究。成績と各練習の走行距離の相関は、総走行距離が r ≥ 0.75、イージーランが r ≥ 0.68 と報告されています(「≥」は3時点それぞれの値のうち最も小さいものを下限として示す表記)。
ただし、これは後ろ向きの相関研究です。練習が速さをもたらしたのか、もともと速い選手ほど多く走れたのかを、このデザインで区別することはできません。対象は男性のみのエリート集団で、市民ランナーが当てはめる練習量として報告された値でもありません。言えるのは「イージーランを含む走行量が、成績と結びついた形で報告されている」というところまで。
「ゆっくり走れば速くなる」とも「LSDは無意味」とも言えない
両方向の断定を避けたいのは、同じ強度配分の比較でも、対象と条件が変わると結果が変わっているためです。
市民ランナー38名を対象にした8週間の比較試験があります(Festa et al., 2020)。ポラライズド型と閾値付近を厚くした型の2群に無作為に割り付け、総負荷(TRIMP)を揃えて実施したものです。両群とも2kmのタイムやランニングエコノミーが有意に改善した一方、調べたパフォーマンス項目のいずれにも群間差は認められませんでした。差がついたのは総練習時間だけで、29.9時間対24.8時間。著者らは、閾値中心の型が練習時間を17%節約しながら同等の改善を得たと結論しています。
この2件(Esteve-Lanao と Festa)は、対象・期間・ゾーンの決め方・揃えた条件がすべて異なるため、どちらの数値が上かという形で比べることはできません。読み取れるのは、低強度中心の配分は有力な選択肢の一つとして報告されているが、それだけが答えという段階には至っていない、ということです。
一方で「LSDは無意味」という側の断定も、報告されている内容とは噛み合いません。持久系競技者のレビューでは、低強度が大きな割合を占めるピラミッド型が多く報告されています(Stöggl & Sperlich, 2015)。低強度の走行量が練習の土台として扱われている実態はあります。
この議論が噛み合いにくいのは、「ゆっくり」の中身が人によって違うからです。同じ「LSD」でも、閾値付近まで上がっている走りを指す人と、会話が続く強度を指す人がいる。
ロング走のペース設定、現場で置いている目安
ここから先は、研究が検証した手順ではなく、指導上の扱いです。個人差があります。
ロング走の設定は、時計より先に呼吸で決めます。時計の数字は走力も気温も前夜の睡眠も織り込んでくれないからです。同じ設定で走っても、寝不足の朝と休養明けとでは、体にかかる強度は別物になります。ですのでペースの絶対値は書きません。代わりに使うのは「会話ができる程度か」という相対的な目安です。
この目安には一応の裏づけがあります。健康な成人16名に漸増運動を行わせた研究(Persinger et al., 2004)では、トークテスト(一定の文章を声に出して読み、快適に話せるかを答えてもらう方法)が用いられました。「快適に話せるかどうかが怪しくなる段階」が換気性作業閾値とほぼ一致した、という報告です。ただしこれは運動の強度を決める指標としての一致を確かめた研究で、LSDの効果を示したものではありません。閾値の位置は運動様式でも変わり、ペースに換算できる性質のものでもありません。
そのうえで、現場で置いている目安を4つ。
- 距離ではなく時間で考える。 「何km」で決めると、走力によって所要時間が大きく変わります。いま無理なく続いている時間から、少しずつ伸ばす形が扱いやすくなります。
- 週の中では、多くても1回から。 長い1本を週に何度も置くと、他の練習の質が落ちやすくなります。走る頻度が週3〜4回なら、1回に留める枠から。研究の割合を再現する数字ではありません。
- 翌日に残らない範囲で終える。 走り切ることより、翌日の練習が普段どおり始められるかを基準にします。終盤にフォームが崩れる、脚が重くて着地が乱れるといった段階で切り上げる判断も含みます。
- 長い1本を足すときは、そこだけを変える。 距離・強度・頻度を同時に上げないという原則です。増やし方は走る距離の増やし方とACWRという考え方にまとめています。走り終えたあとはクールダウンとストレッチ、回復の土台は走る人の睡眠へ。
なお、痛みが出ているときに、長い距離を走ることで解決しようとするのは勧められません。走るたびに強くなる痛み、腫れ、数日休んでも引かない痛みがある場合は、練習を組み替える前に医療機関にご相談ください。これらは例示であり、当てはまらなくても痛みが続くときは受診をご検討ください。
よくある質問
Q. ロング走は、何km走ればいいですか。
距離ではなく時間で考えるほうが扱いやすくなります。走力によって、同じ距離でも所要時間が大きく変わるためです。考え方は前節の目安1に、伸ばし方そのものは走る距離の増やし方にまとめました。
Q. LSDとジョグは、違うものですか。
言葉としては重なっていて、人によって指す内容が違います。LSDが指しているのは第一に強度で、「ロング」は結果として長くなる時間です。日本では「ロング走」「距離走」「ジョグ」が重ねて使われているため、誰かと練習の話をするときは、名前より「どのくらいの時間を、どのくらいの息づかいで走るか」を確かめるほうが早く噛み合います。
Q. 会話ができるペースって、どのくらいですか。
健康な成人16名を対象にした研究では、一定の文章を声に出して読んで「快適に話せるかどうかが怪しくなる段階」が換気性作業閾値とほぼ一致したと報告されています(Persinger et al., 2004)。ただしこれは運動の強度を決める指標としての一致を確かめたもので、LSDの効果を示した研究ではありません。閾値の位置は運動様式でも変わり、ペースに換算できる性質のものでもありません。研究が用いた手順とは別に、指導上の扱いとしては、走りながら一言しゃべって、息が乱れずに言い切れるかを見る程度です。
Q. 週に何回やればいいですか。
現場で置いている枠は、多くても週1回からです。走る頻度が週3〜4回なら、まず1回に留めるところから。理由は前節の目安2に書きました。これは研究の割合を再現した数字ではなく、指導上の扱いです。
まとめと、次の一歩
ここで挙げた研究は対象も期間もゾーンの決め方も異なり、どれか1件で配分の議論が決着したわけではありません。断定はできませんが、そのうえで整理します。
- LSDは1969年に刊行された同名の書籍に由来する呼び名で、定義の中心は距離ではなく強度です(Henderson, 1969。研究で確かめられたものではなく、歴史的な経緯です)。ゾーンの区切り方は研究ごとに異なるため、割合の数値どうしを同じ確からしさで比べることはできません。
- サブエリートのランナー12名・5か月の試験では、低強度を多く配分した群のほうが10.4kmのタイム改善が大きかったと報告されています(157秒対121.5秒、p = 0.03。Esteve-Lanao et al., 2007)。両群とも高強度をおよそ8%含んでおり、低強度だけで練習した群は検証されていません。
- 男子エリート選手85名の調査では、総走行距離(r ≥ 0.75)とイージーラン(r ≥ 0.68)が成績と大きく相関したと報告されています(Casado et al., 2021)。後ろ向きの相関研究であり、練習が速さをもたらしたのか、速い選手ほど多く走れたのかは区別できません。
- 市民ランナー38名・8週間・総負荷を揃えた比較では、群間差は総練習時間以外に認められませんでした(29.9時間対24.8時間。Festa et al., 2020)。「ゆっくり走れば速くなる」とも「LSDは無意味」とも言い切れる段階ではありません。
- 指導上の扱いは、ペースの絶対値ではなく「会話ができる程度か」で見る、距離ではなく時間で考える、週に多くても1回から、翌日に残らない範囲で終える(研究値の割り当てではありません)。トークテストが換気性作業閾値付近と対応することは報告されていますが(Persinger et al., 2004)、LSDの効果を示したものではありません。痛みがあるときは医療機関にご相談ください。
次のロング走の途中で一度だけ、声に出して一言しゃべってみてください。息が乱れずに言い切れたかどうかが、その日の設定への答えになります。
関連リンク
- 練習の強度配分と週の組み立て——何を・どれだけ・どう並べるかの全体像
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参考文献
- Esteve-Lanao, J., Foster, C., Seiler, S., & Lucia, A. (2007). “Impact of training intensity distribution on performance in endurance athletes.” Journal of Strength and Conditioning Research, 21(3), 943–949. doi:10.1519/R-19725.1
- Casado, A., Hanley, B., Santos-Concejero, J., & Ruiz-Pérez, L. M. (2021). “World-class long-distance running performances are best predicted by volume of easy runs and deliberate practice of short-interval and tempo runs.” Journal of Strength and Conditioning Research, 35(9), 2525–2531. doi:10.1519/JSC.0000000000003176
- Festa, L., Tarperi, C., Skroce, K., La Torre, A., & Schena, F. (2020). “Effects of different training intensity distribution in recreational runners.” Frontiers in Sports and Active Living, 1, 70. doi:10.3389/fspor.2019.00070
- Persinger, R., Foster, C., Gibson, M., Fater, D. C. W., & Porcari, J. P. (2004). “Consistency of the talk test for exercise prescription.” Medicine and Science in Sports and Exercise, 36(9), 1632–1636. PMID: 15354048
- Stöggl, T. L., & Sperlich, B. (2015). “The training intensity distribution among well-trained and elite endurance athletes.” Frontiers in Physiology, 6, 295. doi:10.3389/fphys.2015.00295
- Henderson, J. (1969). Long Slow Distance: The Humane Way to Train. (用語「LSD」の出自を示す歴史的資料。研究論文ではありません。書誌記録: South Dakota State University Open PRAIRIE)
