「ペース走」と「閾値走」は何が違うのか。走る仲間に聞くたびに答えが変わって、余計に分からなくなる。結論から書くと、この2語に共通の定義はありません。指している強度は人によって違う。呼び名をそろえようとするより、どのくらいの時間を、どのくらいの苦しさで走るのかを毎回確認するほうが行き違いが減ります。この記事では、他人の言う「ペース走」に振り回されずに、その日の一本を自分の言葉で決めるための材料を示します。
ここでもペースの絶対値は書きません。同じ数字でも走力が違えば体にかかる強度は別物で、気温や前日までの疲れでも動くからです。まずは、呼び名の揺れが研究の側にもあることから確認します。
「ペース走」と「閾値走」の違いは、決まっていない
日本の現場では、おおむねこう使われています。「ペース走」は一定のペースを保って走る練習の総称で、強度そのものは指定されていません。「テンポ走」は英語の tempo run に由来する呼び名、「閾値走」は乳酸閾値の付近で走ることを指した呼び名。ただし、この3語の使い分けは人や指導者によって入れ替わります。ここまでは指導経験上の整理であり、研究に基づく分類ではありません。
研究の側でも事情は似ています。乳酸閾値の概念を評価した総説(Faude, Kindermann & Meyer, 2009)は、冒頭で主に用語や生理学的背景をめぐる激しい議論が続いてきたと述べ、文献上に25の異なる乳酸閾値の概念を確認して、次の3つのカテゴリーに分類しました。
| カテゴリー | 何を基準にするか |
|---|---|
| 1 | 漸増運動中の一定の血中乳酸濃度を用いる |
| 2 | 血中乳酸が基準値より最初に上昇する点を検出する |
| 3 | 最大乳酸定常状態(MLSS)、または乳酸曲線の傾きが急に変わる点を検出する |
表:総説が確認した25の乳酸閾値概念の3分類(出典: Faude, Kindermann & Meyer, 2009)。各カテゴリーに何個ずつ属するかは抄録に記載がないため、内訳の数は示していません。分類は概念の探し方の違いを整理したもので、優劣を示したものではありません。
つまり「閾値」と一言でいっても、どの概念を指すかで得られる強度が変わる。この記事では以降、ペース走・テンポ走を「一定の強度を一定時間保って走る練習」の総称として扱い、その強度を特定の数値で定義することはしません。
ペース走と閾値走を、どう使い分けるか
ここで挙げる目安は、研究が検証した手順ではなく指導上の扱いです。個人差があります。前提として、ペースの絶対値は書きません。同じ数字でも走力によって強度が変わり、気温・湿度・睡眠・前日までの疲れでも動くためです。代わりに使っているのは、次の相対的な目安です。
- 会話が途切れがちになる程度。 「会話ができる程度」で走るLSDより一段上、単語しか出ない高強度より下、という位置に置きます。
- 時間で管理する。 一つの目安として、その日に20〜40分続けられる上限あたりから始めます。これは研究が定めた時間ではなく、指導上置いている枠です。距離で決めると、走力によって所要時間が大きく変わります。
- 週の中では多くても1回から。 週3〜4回走る方なら、強度の高い日を多くても週1〜2回に絞り、ペース走はその中の1回として置きます(サブ4を目指す練習の組み立て方)。研究値の割り当てではありません。
- その日に変える要素を一つに絞る。 同じ強度で時間を延ばすのか、同じ時間で少し上げるのか。両方を同時に動かすと、体の反応が何によるものか読めなくなります(走る距離の増やし方)。
設定ペースの目安づくりには、レースやタイムトライアルの記録から各強度のペースを導く枠組みが広く使われています(書評『ダニエルズのランニング・フォーミュラ』)。出てきた数字も目安で、当日の体調・気温・路面で走れる速度は変わります。
この練習で起こりやすいのは、回を重ねるうちに少しずつ速くなっていくことです。たとえば木曜の夕方、先週より気持ちよく入れてしまった日ほど、週末のロング走にしわ寄せが来ます。設定を守れたかどうかより、翌日のジョグが普段どおり始められるかを見るほうが、記録として読みやすくなります。
呼び名より「今日は何を確かめる日か」を先に決めます。名前がそろっていなくても、時間と苦しさがそろえば、その練習は次回も再現できるからです。
走るたびに強くなる痛み、腫れ、数日休んでも引かない痛みがある場合は、練習を組み替える前に医療機関にご相談ください。これらは例示であり、当てはまらなくても痛みが続くときは受診をご検討ください。
閾値について、研究が言えているところ
先に結論を書くと、閾値の指標は持久的な成績と強く相関することが繰り返し報告されています。ただしそれは指標としての妥当性の話であり、「閾値付近で走る練習をするとどうなるか」を検証したものではありません。
同じ総説は、閾値を有酸素-無酸素移行という枠組みに整理しています。血中乳酸が基準値より上昇し始める強度と、乳酸の産生と除去が釣り合う最も高い強度(最大乳酸定常状態、MLSS)を両端とする範囲です。血中乳酸とは、運動中に筋で作られて血液中に現れる物質の濃度で、採血で測る値です。
同総説では、閾値と持久系種目の成績との関係を検討した32件の研究の圧倒的多数が強い直線的な相関を報告し、特にランニング種目で顕著だったと整理されています。同時に、それぞれの閾値とMLSSとの個人差のばらつきがどれくらいかは、ほとんど報告されていないという限界も述べられています。
実務に効いてくるのは、その先です。MLSSの測定には複数回の定常負荷試験と採血が必要で、市民ランナーが日常的に測れる値ではありません。時計に出る「閾値ペース」も推定値であって、採血で確かめた値ではない(心拍で見るときの限界はランニングの心拍数の目安)。呼び名も測り方も揺れている以上、「閾値走をやりましょう」だけでは中身が決まりません。
練習全体では、どこに置かれているか
強度配分の中で閾値付近が占める割合は小さく、一方でその練習量が成績と関連したという報告も、時間効率の良さを示した報告もあります。「多いほどよい」とも「不要」とも言える段階ではありません。
強度配分をまとめたレビュー(Stöggl & Sperlich, 2015)は、エリート持久系競技者の準備期について、ゾーン1が84〜95%、ゾーン2(閾値付近)が2〜11%、ゾーン3が2〜9%というピラミッド型を記述しています。低強度と高強度を中心とするポラライズド型では、閾値強度は5%と表されるとも。対象はよく鍛えられた競技者〜エリート競技者で、市民ランナーへの推奨値ではありません。ゾーンの決め方は研究ごとに異なるため、別の研究の割合と同じ確からしさで比べることもできません(配分の全体像はサブ4を目指す練習の組み立て方)。
割合としては小さいこの領域が、成績と関連づけて報告されてもいます。エリート〜ワールドクラスの男子長距離ランナー85名の後ろ向き調査(Casado et al., 2021)です。
階層的重回帰では、イージーランとテンポ走が成績のばらつきを有意に説明したと報告されています。ここで注意したいのは、同研究の抄録には各カテゴリーの強度の定義がないことです。この調査でいう「テンポ走」がどの強度を指すのかは、抄録の記載からは特定できません。冒頭の用語の揺れが、研究の読み取りにも効いてきます。
配分そのものを比べた試験も2件あります。サブエリート12名を2群に割り付けた5か月のランダム化比較試験(Esteve-Lanao et al., 2007)では、10.4kmのシミュレーションレースのタイム改善が低強度中心の群で157秒、閾値付近を多く配分した群で121.5秒。低強度中心の群のほうが統計的に有意に大きい結果でした(p = 0.03。少人数の1件の研究です。詳細はLSD(ロング走)の目的とペースの目安)。一方、市民ランナー38名で総負荷(TRIMP)を揃えて8週間実施した比較(Festa et al., 2020)では、ポラライズド型と閾値付近を厚くした型のあいだに群間差は認められませんでした。差がついたのは総練習時間だけです。
この2件は、対象・期間・ゾーンの決め方・揃えた条件がすべて異なるため、どちらが上かという形で比べることはできません。読み取れるのは、閾値付近の練習が「置き場所と量」の問題として扱われているところまで。低強度側はLSD(ロング走)の目的とペースの目安、高強度側はインターバル走のやり方と強度設定にまとめています。
よくある質問
Q. ペース走と閾値走は、何が違うのですか。
この2語に共通の定義はありません。「ペース走」は一定のペースを保つ練習の総称で、強度そのものは指定されていません。「閾値走」は乳酸閾値の付近を指す呼び名ですが、その閾値の概念自体が文献上に複数あります(Faude, Kindermann & Meyer, 2009)。呼び名をそろえるより、時間と苦しさを毎回確認するほうが行き違いが減ります。
Q. 自分はペース走と閾値走の、どちらをやればいいですか。
呼び名で決めるより、「その日に何を確かめるか」で決めます。会話が途切れがちになる程度の強度を、その日に続けられる時間の上限あたりから始め、週の中では強度の高い日の1回として置く、という扱いです。研究が定めた手順ではなく、指導上の目安です。
Q. ペース走は、1kmあたり何分で走ればいいですか。
この記事では具体的なペースの数値は書きません。同じ数字でも走力によって体にかかる強度は変わり、気温や前日までの疲れでも動くためです。時間(何分続けるか)と主観的な強度(会話ができるか)で管理するほうが、走力や体調が変わっても読み替えやすくなります。
Q. ペース走を増やせば、速くなりますか。
「増やせば速くなる」とは言えません。低強度中心の群のほうがタイム改善が大きかった比較(Esteve-Lanao et al., 2007)があります。一方で、総練習負荷を揃えると群間差が出なかった比較(Festa et al., 2020)もあります。置き場所と量の問題として扱われている段階です。
まとめと、次の一歩
限界を先に書きます。ここで引いた配分の研究は、対象も期間もゾーンの決め方も違い、横並びで比べられるものではありません。そのうえで要点を4つ。
- 「ペース走」「テンポ走」「閾値走」に共通の定義はありません。乳酸閾値の総説は文献上に25の異なる閾値概念を確認して3つのカテゴリーに分類しています(Faude, Kindermann & Meyer, 2009。各カテゴリーの内訳の数は抄録に記載がありません)。
- 32件の研究の圧倒的多数が閾値と成績の強い直線的な相関を報告した一方、各閾値と最大乳酸定常状態(MLSS)との個人差のばらつきはほとんど報告されていないとも述べられています。これは指標の妥当性の話で、閾値付近で走る練習の効果を検証したものではありません。
- エリート持久系競技者の準備期でゾーン2(閾値付近)は2〜11%、ポラライズド型の記述では5%とされています(Stöggl & Sperlich, 2015。市民ランナーへの推奨値ではありません)。世界レベルの男子選手85名の調査でテンポ走は成績と相関しましたが、後ろ向きの自己申告に基づく相関であり、因果でも、市民ランナーが当てはめるメニューでもありません(Casado et al., 2021)。
- 「ペース走を増やせば速くなる」とは言えません。低強度中心の群のほうがタイム改善が大きかった比較(157秒対121.5秒、p = 0.03。Esteve-Lanao et al., 2007)と、総負荷を揃えると群間差が出なかった比較(Festa et al., 2020)が両方あります。痛みがあるときは医療機関にご相談ください。
次の1本を「◯分続ける」の形で書き出してみてください。距離でも設定タイムでもなく、時間と苦しさで。走った翌日のジョグがいつもどおり始められたなら、その置き方は続けられる範囲に収まっていた、と読めます。
関連リンク
- 練習の強度配分と週の組み立て——何を・どれだけ・どう並べるかの全体像
- この記事がキロ何分と書かない理由はレースペースの決め方へ——換算値と練習ペースは別のものだ、という話です
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- 練習の組み立てを一緒に設計したいとき:パーソナル指導(S&C/ランニング)のご案内
参考文献
- Faude, O., Kindermann, W., & Meyer, T. (2009). “Lactate threshold concepts: how valid are they?” Sports Medicine, 39(6), 469–490. doi:10.2165/00007256-200939060-00003
- Casado, A., Hanley, B., Santos-Concejero, J., & Ruiz-Pérez, L. M. (2021). “World-class long-distance running performances are best predicted by volume of easy runs and deliberate practice of short-interval and tempo runs.” Journal of Strength and Conditioning Research, 35(9), 2525–2531. doi:10.1519/JSC.0000000000003176
- Esteve-Lanao, J., Foster, C., Seiler, S., & Lucia, A. (2007). “Impact of training intensity distribution on performance in endurance athletes.” Journal of Strength and Conditioning Research, 21(3), 943–949. doi:10.1519/R-19725.1
- Festa, L., Tarperi, C., Skroce, K., La Torre, A., & Schena, F. (2020). “Effects of different training intensity distribution in recreational runners.” Frontiers in Sports and Active Living, 1, 70. doi:10.3389/fspor.2019.00070
- Stöggl, T. L., & Sperlich, B. (2015). “The training intensity distribution among well-trained and elite endurance athletes.” Frontiers in Physiology, 6, 295. doi:10.3389/fphys.2015.00295
